書類の端をそろえ、机の横に除ける。
の机は二つあり、一つは作業用、もう一つは書類を積み上げるために使われていた。
『見ているだけで、嫌になるな』
「ですね……。私、こっちのヤツやりますよ」
『あぁ、頼む』
書類は三つの山に分かれていて、それぞれが軽く五尺(=1.5m)近くある。
先程女性隊員が自分の席へと持ち帰り、それに続いて他の隊員たちもの仕事を分担してくれて大分数は減ったのだが。
隊長の狛村と副隊長の射場が共に現世へ下りているせいで、三席のに回る仕事が多かった。
だって仕事が命、という性分ではないので、若干口を零しつつ筆を走らせる。
引き戸の開く音にが振り返ると、狛村と射場が帰ってきた。
『お帰りなさい、隊長、副隊長』
「今すぐお茶を淹れますので、さんも一旦仕事を置いてください」
「あ、お茶酌み俺も手伝います」
席次無しの隊員二人は奥へと消え、残りの隊員たちは書類を片付けたり窓を開け放って換気をする。
女性隊員たちはお茶請けを戸棚から取り出してきて、男性は机を並べなおす。
七番隊は、厳格な狛村が隊長の割には、温和な雰囲気漂う隊である。
狛村以下他印たちは仁義に厚く、信頼関係も確固たるもの。
統率力などは群を抜いているのではなかろうか。
「、まなこんなに仕事したんけぇ」
『えぇ、まぁ手伝って貰ってばかりでしたけど』
「違いますよ、さん一人でほとんどやっちゃって」
「そうそう。俺たち何もしてません」
「いつか過労死するぞ、もう少し量を減らせ」
「隊長の言うとおりですよ。もっと私たちを頼ってください」
『ありがとう』
隊舎の中で円を描くように座布団を敷いて座り、お茶請けの大福を食べつつ緑茶を啜る。
流魂町出身の死神が多い七番隊の、家族同然の仲間との団欒の一時。
ここに来て良かったと、は心から思う。
あの、雨の日。
孤独で寂しかったに差し伸べられた、温かい手。
厳しさの中に込められた不器用な優しさは、の心に強く響いた。
「強く生きろ」
「誰かのために生きてみろ」
「がむしゃらに、ただ生き抜け」
「外見や家柄など関係なく、ただ己を貫き通せ」
あのとき心の中に流れ落ちた涙の熱を、きっと忘れはしない。
真摯な言葉など、投げかけられたことがなかった。
王族の身分など関係無しに接してもらえたのは初めてだった。
「さん」
「三席」
「」
様 ではなく、という一人の死神として生きることのできる幸せ。
たわいもない話を、くつろぎながら堪能できる喜び。
ささやかな、なんの変哲の無い日常が、ただ嬉しい。
「それにしても、もう桜も散ってしまうな」
「私は散りかけの桜の方が好きだな」
「満開の桜の方が豪華な感じがしないか?」
「雨に濡れる桜も良いよな」
「でも雨が降るとすぐに花が落ちちゃうわよ」
狛村の言葉で、色々な方向からポンポンと言葉が飛んでくる。
煩すぎない喧騒に耳を傾けるのが、は好きだ。
「はどないなんじゃ?」
射場の一言で、隊員の目がこちらに向く。
好奇心、というか興味深そうな目ばかりで、敵意など一切感じられない無数の視線。
『……俺は、散りかけの桜吹雪が好きですね』
「ですよねーっ!やっぱ散りかけですってば」
「いやいや、満開の桜だろ!」
「夜桜も捨てがたいけどな」
「誰よ、さっき雨の中の桜が良いって言ったのは」
言葉の途切れない空間。
笑ったり、軽く怒ったりと隊員たちの表情は次々に変わっていく。
『今日も平和ですね、隊長』
「あぁ」
そんな、平凡なことに微笑んでしまう今日この頃。