「、良いか?」
『日番谷隊長』
薄暗い書庫の奥に、銀色の髪だけが幽かに浮かぶ。
首から下を覆う死覇装の黒は、闇に溶け込んでいた。
『二百年ほど前の資料ですか?裁判記録ですから、四十六室関連でしょうね……少しお待ちください』
二言三言、単語を言うだけでの頭脳は資料を検索し始める。
黒崎の話では、現世ではコンピュータという便利な機械が目当ての本を探してくれるらしい。
けれども、コンピュータというのはそもそも人間が作り出したモノ。
だから、人智の方が遥かに情報処理能力に優れているはずである。
金属などを複雑に詰め込んだ箱が人に勝るのは、難解な計算処理などを文句一つ言わずに繰り返し行うことだろうか。
背の高い書庫の中に一瞬消え、すぐに数冊の大判の本と巻紙を取り出してきた。
迷い無く引き出されていく資料を見て、数十秒というのは待たされたことになるのか と日番谷は思った。
『お探しの本は、こんな感じだと思うんですが』
尸魂界一を誇る膨大な量の資料も、それぞれに詰まっている幅広い知識の内容も。
の手にかかれば、極端に言えば僅かな言葉で簡潔に、そして的確にまとめられてしまう。
他の死神が同様にしようとすると、恐らく思考回路が弾け飛ぶであろう。
天才と言われる日番谷でさえも、こればかりは手も足も出ない。
が十番隊に配属されていて良かった、と日番谷は常々思う。
ただでさえ、報告書や書類が山のように高く詰まれ、忙殺されている十番隊。
これに資料を探す手間も加わったならば、確実に十番隊舎からは出られまい。
「お前、よくこれだけ記憶できるな」
『のお陰です』
は懐の辺りに手を添える。
彼の斬魄刀の名もまた、という。
死神のにも名前はあったのだが、この刀を受け継ぐ際に名を改めたのだという。
という刀は、見かけこそただも短刀のようにしか見えない。
けれど、一度開放すれば双極の矛がの持つソレの何百倍もの破壊力を持つという。
そして同時に、防御力も双極の磔架など遠く及ばないくらいの力があるらしい。
切っ先が触れたモノの真実を映し出す刀。
尸魂界や現世のみならず、世界をも壊しかねない刀。
その力を身に宿す代わりに、は視覚と聴覚を奪われた。
「ずっとこんな暗い所に居たらカビが生えるぞ」
『そうですか?』
「そうだ。だから一旦ココを閉めて隊舎の方に出て来い。みんなお前に会いたがってるぜ」
『わかりました』
代々資料室の番人を務め、四十六室とも直接の繋がりを持つ。
十番隊席次無しという立場にありながら、は特殊な死神である。
しかし、肩書きだけとはいえは十番隊の隊員であり、その責務も果たしている。
観音開きの扉を閉め、南京錠の穴に斬魄刀を一度挿し、引き抜く。
刀が引き抜かれると共に南京錠は茨と化し、資料室の入り口を覆う。
眠り姫の城を覆うように、この茨も資料室に誰も立ち入らせないようにする為のものだ。
『隊長、こちらは隊舎の方ではありませんけど』
日番谷が道を間違えることはまず有り得ない。
そう確信しながらも、は日番谷に訊ねた。
資料を抱え、首を回しながら日番谷は答える。
「隊員たちも疲労の限界だろ。九里屋の羊羹でも買ってってやるんだよ」
『和菓子にあう、美味しいお茶も飲めますしね』
銀髪の、真面目ながらも放浪癖のある死神の淹れるお茶は絶品である。
も日番谷も軽く笑った。
『雲ひとつ無い空ですね』
「あぁ」
『青色ってとても綺麗な色なんでしょうね』
「……あぁ、凄く綺麗だぜ」
『黒や白、灰色ならわかるんですけど』
を受け継いだときに、の世界はモノクロへと変化した。
百年以上もその視界に慣れてしまうと、極彩色の記憶など無くなってしまう。
空の青、植物の緑、火の赤、光の白、闇の黒。
ずべてを知っていたはずなのに、僅かにしか思い出せない。
「……その刀、手放したほうが良いんじゃねぇのか」
『そうでしょうね……。でも良いんです、死ぬわけじゃないですし』
余計な同情など、無意味なおせっかいなど、日番谷は与えはしない。
『決して私を憐れまないでください。私は今幸せだって、自信を持って言えますから』
「そうか、なら良い……。じゃ、行くぞ」
『はい、隊長』
犠牲愛とかではないけれど。
貴方の役に立つのなら、どんな痛みも気にはしない。