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Junk

Whistle!




後姿を見つめる。
それだけで、良かった。


、また見てるのか」
『渋沢』


渋沢にドリンクを手渡しながら、は困ったように微笑んだ。


『ごめん、部活中なのに』
「いや、のマネージャーぶりは健在だよ」


武蔵森サッカー部は、一軍に一人だけマネージャーが居る。
は歴代のマネージャーの中で一番有能と言われていた。


『三上、足のマッサージしようか』
「あぁ。スポーツドクターの卵が居ると助かるよな」
『ありがと』


の応急処置は下手な養護教諭よりも的確で素早い。
サッカーの本場ドイツで生まれ育ち、サッカーにも造詣が深い
監督の桐原からも信頼の厚いは、チームメイトから寄せられる信頼も絶大なものだった。


先輩ってすげーよなー」
「今更何言ってんの、誠二」


三上の足をマッサージしているを見て、藤代と笠井が会話をする。


「容姿端麗、成績優秀、温厚柔和の才色兼備」
「男女問わずの人気者」
『おまけに敏腕マネージャー?』



ドリブルをしていた足を止め、話に加わる
は2年生で一軍、そのポジションはウィングである。


『まぁ先輩は凄いよなー、大人っぽいし色っぽいし』

『わかってるって。先輩に手は出さねーよ、憧れの人だけど……せんぱーい、ドリンク下さーい』
『はいはい』


の元に駆け寄り、後ろから抱きつくを見て、笠井はため息を吐く。


先輩の傍で、よく笑ってられるよね……さっきまであんな辛そうな顔してたくせに」


その言葉には、親友の健気さへの呆れと、少しばかりの嫉妬が混じっていた。


『あ、先輩』
『齋嘉君』
って呼んでくださいよ。これ取れば良いんスか?』


が手を伸ばした先にある本を取ると、に手渡す。


『ありがとう。やっぱり身長が無いと辛いよね』
先輩は今のままで良いですよ。むさ苦しいサッカー部の一輪の花なんですから』


薔薇や百合というよりは、可憐で控えめなスイートピー。
淡い色が、にはよく似合っているとは思う。
現に、身長差のため下からを見上げて微笑むは繊細な美しさをたたえていた。


『ところで、齋嘉く……君はなんで図書室に来たんだ?本はあまり好きじゃないんだろう?』
『あ、覚えててくれたんスか?俺は用は無かったんですけど、先輩がここに行くの見かけたんで来ました』


にっ、と笑うを見て、の頬に一瞬赤みが差す。
それは本当に一瞬のことで、が気づくことはなかった。


『じゃあ俺先に行ってますね』
『うん、また後で……君、ありがとう!』
『……っ、はい!』


の笑顔に、思わずそれだけしか返すことができなかった
顔が赤くなっているのを自覚し、それをに見られないようにと廊下を走っていった。
は自分のせいでがどんな状態に陥ってるのかを知らずに、ただの後姿を見つめていた。


『俺が見かけたから図書室に来た、かぁ……』


自分は、彼に好かれているのだろうか?
けれど、ならどうしてあんなに急いで自分から離れていったのだろう。
このまま一緒に部活に行けたら、と密かに期待していたのに。


『……期待させるようなこと、言わないで』


抱きついたりしてくるくせに、目が合うと逸らされる。
そんなの態度に一喜一憂してしまう自分は、あまりにも馬鹿だ。

頭ではわかっている。
報われることなど決して在り得ない、不毛な想いなのだと。

涙のせいで、視界がすこし霞んでしまった。


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