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Junk
※やっぱりNL、ご注意をば※
何となく、虚しくなっただけで。
「ー」
『なら…あれ、さっきまで居たのに…?』
「今日学校来てるよな?」
『あぁ、さっき挨拶したばっかだけど』
図書委員のクラスメイトが首を傾げる。
は図書委員長を務めているから、多分それ絡みのことだとは思うけれど。
教室を見渡すとさっきまで居たはずのが居なくなっている。
もうすぐ1限目が始まろうとしているのに。
そう話している間にチャイムは鳴り、化学担当の教師が入ってきた。
「ん?はどうした、委員長」
『さっきまでは居たんスけど』
「珍しいな、がサボりとは…」
は模範的な優等生、というわけではないけれど学年上位10位以内の常連である。
人当たりも良い、才色兼備の女子高生。
唯一の欠点と言えば、滅多に笑わないこと。
そして付け加えるとすれば、歯に衣着せぬ言い方をすること。
ちなみに、道徳の授業をよくサボる人間でもあるけれど。
「北原、知らないか?」
「のことなら、ウチよりも君に聞いてくださーい」
『は?何言ってんだ北原?』
「だっての方がと仲えぇやんか。こないだも2人でエスケープしとったくせに」
と北原奈々は幼なじみで親友で、そして校内の有名人物。
北原はとは違ったタイプの美少女で、と正反対の性格をしている。
普段は明るくてリーダーシップを取るのに、時折ドライな一面もある。
「先生ー、は君に探して貰ってきたらどうですかー?」
『はぁ?』
「だってウチは化学やばいから、ちゃんと授業聞いとかなあかんもん」
「そうだな。北原の言うとおりだ。、行って来い」
『ちょ、先生…』
「委員長だろう?」
口調からはわからないけど、この先生の性別は女である。
フェミニストとまでは行かないけど、自分は女性に対しては優しい方だと自覚している。
だから先生にニッコリと笑顔で言われては、仕方がないと諦めるしかなかった。
『…図書室にも居ないのか』
保健室、視聴覚室、部室棟、生徒会室。
大抵サボりに使われそうな所は大体当たってみたけれど、の姿はない。
(俺がサボるとしたら、どこに身を隠す?)
と自分を置き換えて、考えてみて、そして思いつく。
残す場所は、あそこだけ。
“は空をよく見とるで”
“小さい頃、奈々とよく空を見上げて帰ったな…”
学校の中で、一番空に近いあの場所。
『やっぱり、給水タンクの裏って見つかりにくいよなー…』
『、なんで……奈々に探して来いって言われたのね』
『ご名答』
『ついでに、奈々にからかわれたんじゃない?』
『それもご名答。ってエスパー?』
『奈々の言うことは大体予測ができるの』
は溜息をつきながら、それでいて優しげな眼差しと穏やかな微笑を浮かべた。
“さんって、滅多に笑わないよね…”
“感じわるーい…見下されてるって感じ”
“何言ってんの、はよく笑うし、優しい。何も知らないくせに勝手なこと言わないでくれる?”
クラスの女子に対して、いつものように笑いながらも鋭い目をして言い放った北原。
その気迫は凄まじくて、一瞬にして教室が静まりかえった。
いつもの関西弁と違った標準語で話す北原。
それが本当の北原奈々という人間なんだと思った。
と北原の間にある、とても深くて強い絆。
お互いが居るから今の自分が居るのだと、この2人はちゃんと理解している。
それは信頼関係なのか、相互依存なのか。
2人にとってはどうでも良いことなのだろうと思う。
未来の事なんて考えることさえが面倒だと言い切る2人なのだから。
『…で、なんではサボタージュしたんだ?』
『いつか、テレビでやってたCM覚えてる?ホワイトバンドのCM』
芸能人やサッカー選手が3秒おきに指を鳴らすCM。
その音は、やけにくっきりと響いていたのを思い出す。
―3秒に1人、世界のどこで誰かが死んでいます―
自分たちのように、豊かな食料と発達した医療の中で過ごしている人間とはほど遠い問題。
すぐに忘れてしまった、モデルたちの表情の無い顔。
『あれ、初めて見たときにショックを受けたの。でもすぐに忘れちゃってた』
どうせ自分には関係無い話だと思ったから、とは続けた。
『でも、最近色々考えるようになってさ…』
今もどこかで、大切な生命(いのち)が消えていっている。
それは床に伏せった病人か。
戦火の子供か。
飢えた老人か。
誰にでも死は平等に訪れているのだろうか。
死を迎える時期は、本当に平等に迎えられているのだろうか。
たった独りで、誰にも看取られずに最期を迎えている人がいるかもしれない。
その人の、名前さえ知らない人の死がとても悲しい。
自分がこうやってのうのうと生きているのに、もっと強く生を望む生命が消えてゆく。
それが苦しくて、辛くて、悲しくて、虚しい。
だから空を見上げに来た。
この空の向こうで苦しんだり悲しんだりしている人がいるというのに。
大人しく教室で授業を受ける気になんてなれなかった。
決して独りになりたいわけではなかったけれど、誰とも口を聞きたくなかった。
『…これが、サボりの理由。笑って良いよ』
『内容が深刻すぎて笑えねーよ…』
『そっか。ごめん』
『も、こういうときに無理して笑うなよ』
滅多に見られない、その笑顔は痛々しくて、の儚さを際だたせた。
思うだけではどうにもならない、と前に言っていたのは。
あれは、きっと自分に対しての言葉でもあったのだろう。
今も、何も知らない生命の死に、は心を痛めている。
『…神様って絶対居ないよね。こんな不公平な仕打ち、絶対するはずないもの』
『そうだな。もし神がこんな不公平を許すのなら、俺は神を憎むよ』
は背中合わせになってもたれてきた。
衣越しの温もりを感じて、そっと目を伏せる。
まるで自分たちだけが、切り取られた空間にいるようで。
悲壮に満ちた空の蒼が、切なかった。
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