ドリーム小説
『でさー……』
貴方を見た瞬間、世界の全てが静止する。
「斎、さん……」
その名が持つ魔力のように。
貴方の姿に、星は虜となる。
「生きるってなんなんだろーなぁ」
口にすると、余計に陰鬱な気分になる。
別に、苛めや病気やその他の不幸に見舞われたわけではないけれど。
それでも、この世はモノクロ、人生灰色。
厳冬真っ只中である。
大口を開けて笑うくらい楽しいこともある。
一緒にいられる友達も居るし、家族との仲も良い。
勉強だってスポーツだって出来ないものはない。
けれど、一番夢中になれる”走る”ということ。
ただ前に向かって進むこと。
それが、今は上手くできないと思う。
光に、風に、鳥になれるあの一瞬がひどく遠い。
携帯を取り出すが、はすぐにポケットに戻した。
都築には悪いけれど、すぐにメールを返す気にはなれない。
誰とも会わず、独りで居たい。
誰かの声に、温もりに触れたい。
相反する気持ちが押さえきれず、細い路地の中で座り込んでしまう。
少しでも身体を丸めて、正体のわからない何かから自分を守る。
どうして、こんなに寂しくて、叫びたくなるのだろう。
そもそも、何を叫びたいのかもわからない。
満月のせいだろうか。
手を伸ばしても届かないところにあるのに、光は煌々として差し伸べられる。
涙も出ない両目で月を見上げていると、地を揺るがすような音がした。
獣がうなるような、ギアの音。
ふらふらと、音に導かれるままに歩き出す。
暗い路地の奥から、急に光が飛び出してくる。
「まぶし……っ」
突然のことに、視力が一瞬機能しなくなる。
白い世界の次に広がったのは、何人もの男女が空を駆ける光景。
本能のままに地を蹴り、飛び交う。
その姿が勇ましくて、彼らの表情がとても心地良さそうで。
何故か、その見知らぬ誰かの笑顔に、心救われていく気がした。
その中でも一際の目を惹き付けたのは、闇夜に輝く銀髪の青年。
「」
「涼、都築」
「気になるのかい、A・Tが」
「A・T?あぁ、CMのヤツね……これだったんだ」
都築が自分の肩に手を乗せる。
そこから伝わる温度が、酷くもの悲しく温かい。
先ほどまで欲していた温もりを手に入れられて、けれどやはりそれは決して自分のものではないから。
「もやるか?」
「A・Tを?」
「あぁ。俺ができるのは、共に跳ぶことだけだ」
「私もだよ、。君が望むなら、どこまでも共に行こう」
「都築……そんな、ドラマみたいな台詞言うなよ」
思えば、涼も都築もいつも支えてくれていた。
その感謝は、言葉では言い表せない。
「さん?どうしたの」
「昔のことを思い出しての。俺も年取ったなぁ」
「さんはいつまでも若くてキレイだよ」
真顔で言う昴宿に、は笑ってしまった。
あの日、俺を救ってくれたあの人のように、俺はこの子の星になれるだろうか。
助けてやる、なんておこがましく感じる。
道に迷ったときに、昴宿に手を差し伸べてやれるのか。
こういう時、無力で自虐的な自分に苛立つ。
傲慢なくらいのヒーローになれたら良かったのに。
「ー、ちゃーん、斎空夜来てるわよ」
「なんでフルネームなわけ、キヨ。斎さんだけ?秋野さんは?」
「秋野さんはまだ居なかったよさん。昴宿、シューズは?」
「履いてくる」
菜子に連れられ、涼の元へ走っていく昴宿。
都築は杳に肩を揉んで貰っていた。
彼のことだから、またしなくても良い徹夜でもしてきたのだろう。
早く仕事を終わらせて、を支えるために。
「都築、無理しなくても良いのになぁ。バカなんだから」
「それだけアンタを優先したいのよ。チームを解散させたことが良い例でしょ」
「アハハ、キヨたちが総長とか知らなかったしな……」
「一時期凄かったわよね。いろんなライダーが『はどいつだ?!』ってさ」
「キヨのチーム――トライデントだっけ、よく追っかけられたなぁ」
涼のチーム、都築のチーム、キヨのトライデント。
Aランクのチームを3つも犠牲にして、今のCaja de Musicaは成り立っている。
当時A・Tについて右も左もわからなかったには、自分の仲間がどれほど有名なのかさえよくわかっていなかった。
とはいえ、ライダーたちの強襲はどうにか倍返しにはしたけれど。
「やっぱり久しぶりの試合になると客も多いわねぇ」
「んー、今回はあんま調整できてないんだけどなぁ」
「さん、スピット・ファイアに甘いもんね」
「俺はスピじゃなくて、シムカのお願いに負けたの!シムカが俺が戦ってるとこ見たいって言うから」
「斎と秋野が見に来るっていうのに、やけに落ち着いてるじゃない」
いつもは叫び倒すくせに。
キヨは笑いをかみ殺しながら言った。
「なんか今日は大丈夫なんだよなぁ、自分でもよくわかんないけどさ」
背後を振り返り、今かいまかと試合を心待ちにしているライダーたちを見やる。
ただ見つめるのは、銀の髪をした彼。
やがて、その隣に金髪をなびかせてあの人もやってくるだろう。
「、そろそろ時間だぜ!」
「わかってるよ杳……さぁ、カハデムジカのショーの始まりだ!」
今は何も考えず、ただ月の下で踊ろう。