ドリーム小説
「ってクリスチャンなの?」
磔刑に処された純金のメシアを指差して、シムカは首を傾げる。
右手首からぶら下がったロザリオを彼女の目の高さにまで持ち上げて、は笑った。
「お守り、みたいなもんかな」
「お守り?アクセサリーじゃなくて?」
「ロザリオって本来首に掛けるもんじゃないんだよ」
「へぇー。キラキラしてキレーだよね」
は綺麗なものが好きだ。
けれど、あまり派手なものは好まない。
「で?今日は俺になんの用なわけ?」
教会の裏手という、なんとも罰当たりながらも穴場のエリア。
大抵が人目につかないような場所にあるカハデムジカのエリアの中でも、今たちがいる所はかなりマイナーな場所だ。
プロフィールは一切伏せ、チームの存在自体が都市伝説と化しているカハデムジカ。
そういうわけで、普通のライダーならばカハデムジカのエリアも、メンバーも見つけることが出来ない。
「なのに、シムカはどうやってここに?あ、菜子か」
マーメイドウェーブの髪をしたお嬢様ライダーの顔が浮かんでは消える。
おしとやかな菜子と行動派のシムカとは、正反対なようでいて似ているから仲が良い。
「ね、?これからヒマ?」
本当は、ここで練習するためにヴィオラを持って来ていたのだけれど。
レディ・ファーストが身に染み付いているは、シムカのお願いを毎回聞き入れていた。
今回の「お願い」は、どうやらどこかへお供するようだ。
「シムカ、あいつらって」
「あ、知ってるんだ?」
「アギトは知ってるけど」
「小烏丸っていう新生チームだよ」
「へー。俺あんま他のチーム知らないわ」
「ガンダーラ狂だもんね」
「まーね」
校舎の屋上、給水塔の上に立つ。
向かい側の校舎に見えるのは、初心者丸出しの走りをする少年たちが数人。
その拙さに、ヴィオラケースを背負いなおしてから、は苦笑する。
「アギトの奴、荒っぽい教え方だな」
「やっぱり?」
「しかも、教えられる側は基本がなってないし」
たとえば、上体を少し倒して前傾姿勢を取ったり、重心を下に移したり。
どのスポーツでも必須のことは、A・Tにおいても違わない。
小烏丸は、質より量の練習なのだろう。
「カハデムジカとは違うよねぇ。たちって、なんかスケートしてるみたいだもの」
「スケートにも色々あるけど?」
「スピードスケートとフィギュアスケートの融合ってカンジかな?」
スピードはある方が良いし、技はより洗練されたものにしたい。
パーツ・ウォウは格闘技に近いものがあるような気がするけれど。
空手に型の部があるように、A・Tだって外見も重視される。
速く、高く、滑らかでしなやかに。
上手くなるって、そういうものなんじゃないだろうか。
「ま、上手いのと強いのは別だけど」
「ふーん。そうなんだ?」
「努力すれば上手くはなるよ。でも、強さは生まれつきのものだろ?」
「じゃあ、は努力家で天才なんだぁ」
「は?何言ってんの」
「だって。上手いだけじゃ特Aなんて無理じゃない」
特Aといっても、それは眠れる森の彼女が認めてくれただけの話だ。
トロパイオンの塔を、やがてはその頂をだなんて一切考えていない。
「勿体ないなー、折角その力があるのに」
「シムカにそう言ってもらえるのは嬉しいけど、俺はガンダーラ狂だからね」
「知ってるよ。そんなの、を好きな人なら誰でも知ってる」
王も、権力も、栄光も、彼らの前では無価値なものに零落してしまう。
は決して大きな何かを望みはしない、それをシムカは知っていた。
それは決して無欲というわけではなく、禁欲的なわけでもない。
の世界を占めるのが、ただ彼ら二人であっただけのこと。
「俺は南クンみたいな男のロマンなんざ持ってないからなぁ」
窓ガラスに反射した太陽の光が眩しくて、翡翠色の目を細める。
バサバサとはためく着物が、風の強いこの場所では少し鬱陶しかった。
「星はただ、太陽と月を想い乱れ、無慈悲に輝く」
そっと、シムカが呟いた。
「が星に喩えられる由来って、これだよね?」
「よく知ってんなぁ。キヨが言い出したんだっけ」
二人以外には目も向けない、耳を傾けない。
そんな純粋な好意が、周りからすると、いっそ残酷にも思える。
昴宿が名付けた「星」という名を、キヨは別のものになぞらえた。
キヨが言い出したこのフレーズを、は割と気に入っている。
昴宿を照らすための「星」であり、太陽と月に焦がれている「星」。
「二人には憧れてるけど、別に俺は彼らになりたいわけじゃないよ」
「なんで?」
「だって、どんなに真似たとしても、俺は俺以外には成り得ない」
いつものように、凪いだ調子で話すを、シムカは見上げた。
「って、ほんとに神様みたい」
「そうかな」
「だってキリストもマリアも、何も救ってはくれないもの」
風が、ますます強くなっていく。