ドリーム小説
あなたの天を、あなたの指の業を
わたしは仰ぎます。
月も、星も、あなたが配置なさったもの。
そのあなたが御心に留めてくださるとは
人間は何ものなのでしょう。
人の子は何ものなのでしょう。
あなたが顧みてくださるとは。
(詩篇8編4-5節)
ロザリオの金が、鈍く光る。
「ねぇ、」
「ん、なにー?」
躊躇することなく、はビルの屋上から飛び降りる。
器用に体勢を整えて着地する姿は、まるで猫のようだ。
続いて飛び降りてきたシムカを、はお姫様抱っこで受け止めた。
バランスを崩すことも後ろに倒れ込むこともなく、シムカの負担が少なくなるようにすることも忘れない。
の腕の中で、シムカは笑った。
「細身で華奢に見えるけど、って意外と筋肉あるよね」
「ま、アスリートですから。これが、さっきの質問?」
「え?」
優しく丁寧に地面に降ろしてもらい、シムカはを見上げる。
ネオンの逆光のせいで、の深緑の目が見えない。
翡翠よりも濃く、森の木々よりも深い色合いを感じられないのは残念だ。
「さっき、ねぇ、って呼んだだろ」
「あ。そうだ、カハデムジカのこと聞きたかったの」
「ウチのチームのこと?」
目立つわけでもなく、決して存在を隠し通すこともない。
しかし、ランクでさえもが謎に包まれ、限られたライダーしか目にすることのできないチーム。
それがカハデムジカであり、の率いるチームであった。
けれどガンダーラ狂を自負するだから、インドラやニルバーナの試合に行けば見つかるはずなのだが。
リョウや空夜に見つからなさそうな場所から観戦しているので、心得たライダーしかを見つけることはできない。
大好きで、どうしようもない程に恋い焦がれているから。
だからこそ、誰よりも遠い場所から眺められたらそれで良い。
憧れほど遠い関係性は無いよ、とはいつか言ったことがある。
シムカには解らない論理が、の真理だった。
しかし今は、日常の中で浮かんできた下らない疑問を解決させたい。
「なんでカハデムジカなの?確かオルゴールって意味だったよね」
「昴宿に初めてあげたプレゼントがオルゴールだったから。あと、俺がスペイン語にハマってたからかな」
「それだけ?」
「それだけ。あんま深い意味はないよ」
名は体を表すというけれど、たちはチーム名をそこまで重視していない。
チーム名が無ければパーツ・ウォウに登録できなかっただけのことだ。
他のライダーたちにチームの存在を認識されなかったとしても、別に支障はない。
自分たちの自己満足で結成されたチームなのだから、他人に認められなくても構わなかった。
「って結構酷いよね」
「そう?レディーファーストは心掛けてるつもりなんだけど」
「優しいのは確かだけど、拒絶しない代わりに受け入れもしないもの」
「来る者拒まず去る者追わずってこと?」
和やかに会話を続けているが、ゴム弾をかわすことも忘れない。
一度マル風Gメンと出くわすと、海人たちはかなりしつこいのだ。
フェンスに手を掛け飛び越えたあと、後ろを見遣るとまだ追ってくる。
その執念深さはいっそ畏敬の念すら抱かせるほどだが、見習いたくはないなとは思った。
「そろそろ別行動する?お目当ては俺だと思うし、シムカまで海人に付き合わなくても良いよ」
「……とだったら、私はどこまでも逃げるよ」
「守り抜く自信がないのに、お前を巻き添えにはできないんだって」
あまりにも綺麗に微笑まれて、シムカは言葉を失った。
女の子にお前と言うのは、にしてはかなり珍しい。
お前、とが呼ぶのはカハデムジカのメンバーであり、その次に近しい存在だけ。
「アキラとかスピなら少しぐらい怪我しても大丈夫だけど、シムカに怪我させるわけにはいかないから」
「それは、私が女だから?」
「……やっぱ、男とは違うからね」
「宇童君なら、ずっとと一緒に居られるの?」
「無理だと思うけど……それじゃ、またね」
待って、とシムカが言い終えないうちには走り出した。
地面を強く蹴りつける際の、猛烈な突風がシムカに襲い掛かる。
目を開けられるようになった時には、の姿はどこにも無かった。
「あなたとなら、どこまでも行けるのに」
はそれを望まない。
知っていても、呟かずにはいられなかった。
「誰だったら、に近付いても良いの?」
慈悲深い笑みは、とても神々しくて美しかったのに。
シムカの瞼からは、の笑顔が焼き付いて離れない。
「……ごめんな、シムカ」
走ってきた方向を振り返り、呟いた。
海人はどうにか撒けたので、少し淋しくなる。
あんなのでも居た方がマシなのかもしれないが、それだと逃げた意味が無くなる。
けれど今夜はあまりにも静かすぎて、矛盾した思いを抱かずにはいられなかった。
桜色の髪を揺らし、彼女は泣いていないだろうか。
いつものようにストームライダーたちにかしずかれて、笑えているだろうか。
アイドル顔負けの可愛らしい笑顔が、は好きだった。
できるなら、今もそうして笑っていて欲しい。
シムカが嫌いなわけじゃない。
大切だし、守ってやりたいとも思う。
けれど、その手を取ることはできない。
「……どっかでパーツ・ウォウやってないかな」
不安定な感情に突き動かされるまま、広告塔を駆け上がる。
あいにくの曇り空で、星は見えなかった。