ドリーム小説

「触れた指の先から 想いが溢れ出しそうになったあの瞬間から この恋に気付きました……」


フェンスに腰掛けて口ずさんでいると、背後から人の気配がする。
彼が近付いてくるのを待ってから、は歌うのを止めて振り返った。


「盗み聞きなんて悪趣味じゃん、九十九」
「気付いてたのかよ」
「そりゃ一応は格闘技やってますから。気配には敏感なんだわ」
「格闘技って、なんの?」
「テコンドーだろ、合気道だろ、空手に躰道。後は……まぁ色々と」
「どんだけ多趣味なんだよ」
「特技は多い方がいいだろ?」


高いフェンスから身を投げ、シロの隣に降り立つ。

雷を思わせる黄色のパーカーに、大きめのゴーグル。
インドラの九十九シロといえば、かなり有名だ。

かたやは辛子色の打ち掛けを腰に巻き、古典柄の帯を絞めている。

シロの肩越しに向こうを見て、は意外そうに声を上げた。


「今日はあの人と一緒じゃないんだ?」
「あの人?」


秋野さんと言うべきか、リョウさんと呼んでも良いものか。
判断がつかずに、は口ごもる。
しばらく自問自答を繰り返してから、控えめにリョウさん、と呟いた。
辛うじてそれを聞き取ったシロは、あぁ、と声を出す。


「リョウさんは大学……お前さ、いー加減リョウさんの名前呼ぶくらい慣れろよ」
「慣れるか!慣れないから今すっげー恥ずいんだろ!」


お前は恋する乙女か。
シロは思わず心の中で突っ込む。
しゃがみ込んで頭を抱えるなんて、かなりレアに違いない。

リョウを崇拝するライダーは多いが、これほど重症なのはそう居ないだろう。
シロが呆れやら感心やらの眼差しで見ていると、は顔を上げて見返してきた。


「なんだよ、その目は」
「や、末期だなーと思って」
「そんなの昔からだって」
「うわ、言い切りやがった」


自覚があるんだからしょうがない、とは思う。
一番酷いときは、黄色のパーカーや紺のコートを見ただけで動揺して、危うく大怪我をしかけた事もあった。


「そーいや、前にリョウさん見つけて怪我しかけたんだっけ」
「アレはまだ未遂だった!……そういや、九十九は今ヒマしてんの?」
「まぁな。こそヒマそーじゃん」
「だって真昼に走ってるヤツらに興味ないし」
「確かに」
「じゃ、デートでもしましょーか」


地面を強く蹴りつけて、オフィス街を駆けぬける。
カハデムジカのメンバーと走るのも個人で走るのも好きだが、たまにはこういうのも良い。


「なぁ、なんで俺のこと名前で呼ばないんだよ」
「んー……、なんとなく?」
「なんとなくかよ!あ、リョウさん」
「え?!って、どこにも居ないじゃん!九十九のバカ!」
「バカじゃねーよ!」


たわいもない応酬は、シロとだからこそ出来ることなのだろう。

でも、しばらくは名前を呼んでなんかやらない。
にしては珍しく、しょうもない決意をしたのだった。