ドリーム小説
「あ、うげ」


前の「あ」は秋野リョウに、「うげ」は鰐島海人に対して呟いた。
海人のリョウに対する執着は、嫌と言うほど身をもって知っている。
インドラの試合に行っただけで目を付けられたのだから。
ストーカー並みだよなアレ、と思うけれど自分も人のことは言えないかもしれない。
決して贈り物などはしたことが無いが。


「斎さんとかが来て、パパッと攫っちゃわないかなぁ……」


は自由奔放で豪快で大胆不敵なリョウが好きなのであって、そこに海人は要らない。
というか、いっそ死ねと思うときもある。

自分と大事な人たちに危害がなければ、世の中がどうなろうと関係ないのがモットーなのだけれど。
しばらく様子を見ても、事態は全く好転しない。
一瞬リョウと目があった気がして、とにかく助けなければと思う。


「秋野さん、頑張って避けてくださいね」
「が……っ?!」


部活用具+教科書類+A・Tシューズの入った鞄で遠慮無く海人の後頭部を殴る。
蹴りの一つでも喰らわしてやりたかったが、横蹴りではリョウにも当たるかもしれない。

重量がある鞄は十二分に殺傷能力がある。
けれど生来のしぶとさからか、海人は少しうずくまっただけですぐにこちらを振り向いた。


、てめぇ……!」
「早く沈め?」


足を高く振り上げ、一気に踵から蹴り下ろす。
日本では踵落としと呼ばれる技は見事海人の頭に直撃した。
今度こそ、海人は地面に突っ伏した。


「あー、今度会ったらゴム弾乱射されそう。ま、自業自得だよな」
「おい」
「あ、無傷ですか?良かった」


リョウに傷一つ付けようものなら、インドラその他大勢のライダーに殺されるだろう。
それよりも先に自分で自分を殴るかもしれない。

普段ならリョウが近くにいるだけで逃げ出すが、今はただの高校生。
下手に逃げたら怪しまれる。
パーツウォウに参加せず、ほとんど顔を知られていないのは好都合である。
有名になりすぎるのは陸上の時だけで良い。

誰にも知られたくない、この人にも知られたくない。
ただ、遠くから見つめていられればそれで良いから。
多くを望んで、全てを失いたくない。


「鮫島は厄介ですから気をつけてくださいね、秋野さん」
「なんで俺の名前知ってんの?」
「A・T少しでもやったことのあるヤツなら誰でも知ってますって。有名ですもん」
「海人はお前のこと知ってたみたいだけど?」
「……アイツは顔だけで覚えてるんじゃないんですか?俺のチーム無名だし、俺は下っ端ですし」
「でも、って呼ばれてたろ?」
「……そうでしたっけ?」


どうせならA・Tを知らないフリでもすれば良かったと思ったけれど、時既に遅し。


「お前名前は?フルネームでよろしく」
です。所属チームはきっと聞いてもわかんないでしょうから言わなくても良いですよね?」
「えー。んじゃ、代わりにそのメガネ外して」
「…………どうしても外さなきゃいけませんか?」
「うん」


お願い、というより最早命令。
けれどこの人が言えば逆らうことが出来ないのが、秋野リョウというライダー。
の眼鏡のレンズは色みの付いた遮光レンズで、の深い翠の瞳を隠してくれる。
昼間はコレがないと周りの注目を集めてしまうから掛けているけれど、夜は視界が暗くなるから掛けていない。
A・Tでは無名だから、翡翠の目なんて注目されないだろうと思っていたのに、ふと気付けば少しずつ有名になっているらしい。
まぁ、リョウ程の人が自分に興味を持つわけは無いんだけれど。
いつでも自虐気味な自分がいっそ哀れみを通り越して愛しく感じてしまい、苦笑しつつもは眼鏡を外した。

視界が一気に変化して、目の前の金糸の髪はより鮮やかな輝きを放つ。
風になびく金髪も、この人自身のように綺麗で眩しすぎる。


「やっぱり俺、お前のこと知ってるわ。信長の所によく来てるだろ?」
「あ、はい」


インドラで最年長のライダー、戌井信長の働いている古着屋ショップはのお気に入りだ。
キヨに連れて行って貰ってから、しょっちゅう遊びに行っている。
何も買わずに冷やかしだけの時もあれば、信長にセレクトして貰ったのをそのまま全部買うときもある。
大抵その時は羽織を腰に巻いていないから、リョウはきっとがどのチームに所属しているかなんて判らないに違いない。
そう思ってこっそり安堵のため息を吐いたというのに。


「カハデムジカだっけ?お前のチーム」
「は?」
「確か着物腰に巻き付けてるよな」
「……はい?」
「あ、固まった」
「え、あ、えーと、どこかでお会いしましたか?」
「信長がこの前教えてくれたー」
「……信さんってば」


思わず天を仰ぐ。
が大のガンダーラ狂であることは、信長も熟知している。
リョウの名前を口にするだけで固まる自分を、嫌というほどに見ているはずだから。


「あの、信さんなんて……?」


言ってたんですか、とが聞くとリョウはあの極上の笑みを向けてくる。
男女関係なく堕ちてしまうような、それこそ神や悪魔までもが見入ってしまうような笑顔。


「聞きたい?」
「聞きたいですけど……っ、やっぱ良いです」
「そんなに聞きたいんならさ」


耳元で響く美声。耳が弱いは、身体が痺れるのを感じた。
この人、エロすぎる。


「今夜の試合、おいで?」
「は、い……」


熱に浮かされたように何も考えられないは、リョウの戯れにも従順に頷いてしまった。





※リョウさんの色気を表現できなかった……(せんで良い)!