ドリーム小説
空が好きかと聞かれれば、どうだろうと首を傾げる。
嫌いかと聞かれれば嫌いじゃないと答える。
はっきり好きだといえるのは、陸上関係の人間とカハデムジカのメンバーと、家族と。
あとは、ライダーたちの何人か。
嫌いじゃないけれど、好きだとは言えないものが多すぎる。
「ー、何呆けてんだ?」
「ん?俺呆けてたー?」
「思いっきり呆けてたー!」
それでもハードルを倒さずに走り続けるのは凄いと部員たちは思う。
流石はインターハイ3冠の王者。
優勝したのは三種だけだが、入賞したのは学校全体で五種類。
が出場した個人種目三つと、4継、マイルのリレー二つ。
ロングスプリント王国としてこの学校が更に名を馳せたわけは、が前代未聞の三種同時に高校新記録を達成したことだろう。
「なぁ、今日はもう練習終わらねー?なんか心ここにあらずって感じだし」
「エースに怪我されたらやばいっしょ」
部員たちの心配そうな声に、部長はもう一度を見る。
フォームは相変わらずお手本のように綺麗だし、足に違和感を覚えてるようでもなさそうだけれど。
「ー、お前もう帰れ。これ部長命令はい決定ー!」
「意味わかんねーよ!……でも、お言葉に甘えときます」
どこか弱々しく微笑むは緊張しているようにも見えて、珍しいなと部長は思った。
「よ、九十九どーした?」
「寝てんのか?」
「おー、部活強制終了させられて暇なんだとさ」
杳の隣にシロも座り込み、の寝顔を覗き込む。
自分のところのヘッドもそうだが、も相当の美形だった。
の場合、白肌と翡の瞳に黒髪、と色素が薄いほうで、あまり男らしく見えない時もあるが。
ふんわりと微笑むと、聖母マリアもかくやの慈愛と優しさと清らかさに満ちた美しさがある。
あくまでもカハデムジカのメンバーによる欲目だが。
「お、シロ」
「七崎。お前もに会いにきたわけ?」
「あれ、先客居たんだー」
「遊曲まで?」
シロ、七崎、遊曲、菜子、そして。
共通点は、ほぼ同年代。
高校生くらいの年齢層のライダーであるということ。
眠っていると遊曲を連れてきた菜子を除く3人は、互いの顔を見合った。
あまりにも人が増えたので、の髪を三つ編みにしたりして遊んでいた杳がの身体を揺らして起こす。
一度身じろぎをすると、すぐにはレム睡眠から覚醒した。
「お、全員集合したんだ?菜子サンキュ」
「ううん、さんのお願いだもの」
にこやかに言葉を交わすと菜子は、周りからすればお似合いの美男美女に見える。
総長のが穏やかな性格だからだろうか、カハデムジカ全体もいつも穏やかな雰囲気である。
かといってのんびりしているわけではなく、いつも凪いだ海のように落ち着いているのだ。
どんな試合でも、相手が誰であろうとも、水面に波が立つことはない。
「で、君今日はどーしたの?」
「なんかさ、ウチで非公式なんだけど試合やることになっちゃったみたいでさ」
「珍しいなー、お前も出んの?」
「うん。それでさ、前に七崎にシューズみて貰っただろ?そのお礼に招待しようと思って」
「遊曲は私が連れてきて良い?って聞いたらさんが良いよ、って」
「俺は?」
「九十九は、昴宿が連れてきても良いよってさ」
中学生ライダーの昴宿は、自他共に認める「信者」である。
昴宿にとっては神であり、父であり、母であり、姉であり、兄であり。
に近付く不届きな輩には譲りの必殺技を喰らわすくらい、を慕っている。
はで、可愛い妹(のような存在)である昴宿を溺愛しているわけだが。
そんな昴宿がこんなことを言うのは、シロを認めたという証なんじゃないだろうか。
そう思うと嬉しくなるだった。
「非公式も非公式、表向きランク無しの俺らが試合するわけだからすっごいアングラゲームなんだよな。
目立つの嫌いだけど観客0も嫌だしさ、みんなお友達連れて来ましょうってなったわけ」
「表向きって、ほんとは何クラスなんだよ」
「Aじゃなかったっけ?」
「特Aだろ?せっかく眠りの森が認めてくれてんだから忘れんなよ」
杳が放った爆弾発言にその場の空気が固まる。
ニルヴァーナとインドラメンバーは驚き、菜子と杳はしまった、という感じで。
けれど、はというと相変わらず柔和な笑みを浮かべていた。
木々は腕をからめ天へと伸ばす
群がる葉々は光を喰らい森の闇をいよいよ深くする
狩人は気付かない闇に潜むケダモノ達の双眸も牙も
今日は狩人が狩られる夜―“ここは眠りの森”
聞き慣れた言葉、見慣れた顔ぶれ、走り慣れた道。
「俺は、彼らを越える気も踏みつぶされる気もないから、王も玉璽も、クラスも関係ないよ」
「それが、私たちカハデムジカだから。ね、杳」
「そーゆーこと。じゃ、行こうぜ」
たちが立ち上がると、柔らかい風が頬を撫でる。
「追い風1.4m。今タイム測ったら良い記録出るだろうなぁ」
「は?」
「や、陸上の話」
見渡す限りの人、人、人。
いや、ライダーばかりと言った方が良いのか。
「なぁ杳、今日の試合誰も来ないんじゃなかったのか?」
「見事にAランクライダーばっかりだな、菜子」
「そういえば今思ったんだけど、さんのシンパならどんなことしてでも来るんじゃないかしら」
「あぁ、そっから漏れたのか……」
顔が引きつっていると、苦笑するしかないカハデムジカのメンバーたち。
インドラやニルヴァーナの規模には劣るものの、ランク無しのチームの試合にしてはかなり人が集まっているんじゃないだろうか。
しかも、かなりコアな実力者のライダーたちばかりが。
「さーて、今日の試合は形式なんだっけ?」
「なんか向こうが俺らのこと初心者だと思ったのか、こっちの好きにして良いってさ」
馬鹿だよな、と杳は腹を抱えて笑う。
相手のことはよく知らないし興味がないが、実力の差なんてわかりきってる。
試合数こそ少ないものの、カハデムジカの戦歴は全勝無敗なのだから。
「んじゃ、こっちも向こうも7人だし。一騎打ちでどっちかがギブアップするまででいっか」
「賭け品は?」
「なんでも良いけど、何が良い?」
「じゃあてめーらのエリア全部と……ずいぶん美人なヘッドじゃねーか、お前も賞品にしてもらおーか」
品のない笑みを浮かべ、の身体を舐めるように見てライダーは言い放つ。
対するは、余裕のある笑みでそれを快諾した。
カハデムジカが欲しいのはただ一つ。
誰にも邪魔されない、絶対の聖域。
「うわー……杳のやつ、思いっきり行ったな」
「力じゃ大の大人に負けるからね、でも容赦ないなぁ」
ライダーたちが固唾を呑んで見守るなか、カハデムジカのメンバーが次々とトリックを決め、相手を叩きめしていく。
珍しいことに全員が全力をもって相手のライダーを潰しているのだが、先ほどのヘッドの言葉のせいだろうか。
「自分も賞品にして良いなんて言って、君大好きの菜子たちが笑ってられるわけないよね」
「もう終わり?そんなんじゃ俺、アンタのものになれないよ?」
「クッソ……っ!」
遊曲の言葉に、のからかいの声と相手のヘッドの悔しそうな声が被る。
ふと、が観客の方を見れば金と銀の髪が煌めいたような気がした。
「俺、もう心奪われてる人が居るから」
禁欲的な雰囲気がかえってその魅力を際立たせ、ライダーたちは言葉をなくす。
ヘッドの男は、何も言い返せないまま腹にの踵がめり込むのを感じた。
「みんなお疲れ、圧勝だったなー」
「さん!なんであんなのOKするの?!」
「あぁ、勝ったら俺のものになれよって言ってたアレ?昴宿たちが負けるわけないからOKしたんだけど」
「それでもダメ!そんなのOKしたらダメだよ!」
「わかった、もうしないから。折角可愛い顔に生まれたんだから、ほら笑顔、な?」
頬をつつくと、怒りながらも嬉しそうに笑う昴宿。
周りの喧噪など全く気にしていないたちの所に二つのチームがやってくる。
どちらも有名すぎて、振り返らずともざわめきの中に聞こえる名前だけで判る。
「よ、ー」
「秋野さん、斎さん。こんばんは」
「あ、ニルヴァーナは俺が呼んだ」
「インドラは、あたしが信長経由で」
「それは先に行ってくれよな、涼もキヨも」
「圧勝だったじゃん」
「それほどでも無いですよ」
不思議と、試合の前や後だと緊張しすぎたりしない。
というか、初めて言葉を交わした時があまりにも衝撃的なものだったから、それ以来緊張も感慨も吹っ飛んでしまった。
間近で見て、やっぱり彼らも人間なんだなと思うと、何故か判らないけれど納得してしまった。
盲目的な崇拝はまだ残っているけれど、もっと身近な人間としての憧れが今は強い。
「今日は凍りつかないのな」
「あー、はい……。いつも、すみません」
「なんで謝るわけ?」
「なんていうか……嫌じゃないですか?自分が来ただけでものすごく過剰反応されると」
「別に良いよ?は仔猫だし」
「…………はぁ」
ついこの間会ったときは遠い存在で、それが嬉しくて仕方なかったというのに。
今はこんなに近くて、笑顔を向けられることがとても嬉しいと思う。
現金かな、と思うけれど、手を伸ばせば触れられる距離に空夜とリョウが居ることが、とても嬉しい。
空が好きかと聞かれれば、どうだろうと首を傾げる。
嫌いかと聞かれれば嫌いじゃないと答える。
はっきり好きだといえるのは、陸上関係の人間とカハデムジカのメンバーと、家族と。
あとは、ライダーたちの何人か。
嫌いじゃないけれど、好きだとは言えないものが多すぎる。
けれど、目の前にいる人たちは、大好きで、大切で、失いたくない人たちなんだとはっきり言える気がした。
*あとがき*
グダグダになってしまった……ポイントはの色気とカハデムジカの実力かな。