ドリーム小説

、始まるわよ!」
「今行く!」


キヨのもとまで走っていくと、彼女は腰に手を当てて笑った。


「全く、今日もいっぱい来てるわよ?熱狂的な信者たちが」
「パフォーマンスすんのは久しぶりだけど、そんなに注目されなくていいのになぁ」


パフォーマンスと言えど、音楽に合わせてトリックを決めるだけ。
ブレイクダンスやヒップホップとは違うし、依頼だって滅多に受けない。
祇園の茶屋よろしく「一見さんお断り」で、常連のチームでも3回に一度くらいしか承諾しない。
だからこそ、カハデムジカのショーがあると聞けば、まるでロックバンドのライブ並みに盛り上がるのだろう。


「Esta bien?」
「Vale!」


メンバーで円陣を組んだあと、作り出した突風と爆音に乗ってスポットライトの下へ飛び出す。


「Hola!Que tenga un buen dia!」


早口のスペイン語だから誰もわかってやしないだろうが、それでもライダーたちは唸り、吼える。
ここに集まっているのは、愚かで愛すべきただの人間たち。
限りない空に焦がれて、今日も無謀に神へと挑む。


さん、あの技するの?」


側宙をしながら昴宿が聞いてくる。
指先や背の反りにまで神経を集中させながら、は昴宿に微笑んだ。
トゥピックもブレードも無いけれど、後ろ向きに滑走して、シューズの先端で地面を蹴って跳躍する。


「やっぱ流行は押さえておかないと、な?」


トリプルルッツ、ダブルトゥループ、ダブルフリップ。
フィギュアスケートでも高得点の大技だ。
着地したときに観衆が息を呑む様子を感じて、は唇の端だけを吊り上げて笑う。
重力になんて縛られない。
この体を支配するのは、狂想曲の調べだけ。


「お疲れくんっ!」
「涼ちゃん、来てくれたんだ?」
「だって三ヶ月ぶりのカハデムジカのパフォーマンスだもの!」
「……ほんと、みんなどっから情報仕入れてくんの?」


自身も知らない、自分たちの情報のソース元。
ネットと人脈を駆使しているのだろうが、これを知らないライダーはカハデムジカのファンではない、と言われているらしい。

男も女も、階級も関係ない。
一度そのショーを見ると、A・T本来の魅力を思い出す。
それがカハデムジカの走り。


「あれだけ綺麗に走れるもんなんだね」
「お、ミツルも来てくれてたのか」
さんが走るって聞いたからね。なんていうか、スピードも高さもあるんだけどさ――」


獣のような荒々しさと妖精のような軽やかさ。
相反するものがぶつかり合って、もっと美しいものを生み出す。


「さすがさんは”最も神に近い者”なだけあるよね」
「Son of God. 最も神に近い、か」


本当に神に近しいのなら、こんなに狂おしいほど空を求めるのだろうか。
湧き上がる衝動を体全体で演技に換えて、言いようのない慟哭を笑みで押し殺す。
もがいて苦しんでいるだけなのに、ライダーたちは自分を絶賛し、声を震わせ、涙を落とす者まで居る。

A・Tの何がこんなにも心を掴むのか、は未だにわからない。
言葉で言い表せないからこそ、俘虜になってしまうのかもしれない。

着物の裾が翻って風が頬を打つ瞬間、真っ白になった頭に描き出されるのは。
どこまでも広がる、無限の極彩色の世界。


「いい風だな。走ろっか」
「え、試合観ないの?」
「スピが負けるわけないでしょ。誰かに見つかる前に逃亡しなきゃ」


闇夜と同じ、漆黒の着物を帯で腰に巻き付けなおして、一気にビルの上まで駆け上がる。
名声も地位も要らない。
欲しいのは、刹那的な快楽だけ。