ドリーム小説
耳をつんざく悲鳴とクラクション、それに急ブレーキの音。
あと一秒遅かったら、ツインテールの少女はダンプカーに跳ね飛ばされていたかもしれない。
「……セーフ、かな」
けれど、最悪の事態を予想して咄嗟に瞑目した通行人たちが次の瞬間目撃したのは。
「大丈夫だった?」
少女を抱きかかえるようにして立っている、A・Tを履いた学生の笑みだった。
「あ、さん!」
「ごめん、今ちょっと人を探してるから」
声を掛けてきたライダーを、唇に人差し指を当てて制する。
憶測は噂を呼び、謎は伝説を作る。
カハデムジカはメンバーの顔が割れていないわりには恐ろしく有名で、けれど決して遇おうと思って遇えるものではない。
7人のメンバー、しかもその中でエストレジャに拝謁を許されるのは、彼らに許された者だけ。
しなやかな体つきといい、アーモンド形の翠の目といい、は気紛れな猫そのものだ。
着物を肩に引っ掛けて、人ごみの中を歩いていく。
「アーキラっ」
「おわっ!なんだ、か」
「なに、俺じゃイヤなわけ?」
「そんなこと言ってないだろ!」
「なら良かった」
くすぐったい気持ちになって腹を抱えて笑うと、逢引の相手は片手で顔を覆った。
心を許したものには意地が悪くなるの性質を、アキラは身をもって理解している。
そしても、アキラが自分を嫌わない相手だと知っているからこそ、こういう事を言えた。
「お前、タチ悪い」
「そこが良いくせに」
「……、行くか」
「だな」
砂埃を舞い上げて走り出す。
二人とも、腕には同じブラックフェイスの時計を着けていた。
文字盤が教えてくれた時刻は、インドラの試合時間まであと5分。
「うわっ!やっぱ秋野さ、じゃなくてリョウさんはすごいなー」
「リョウさん?」
「本人とご対面しちゃって、ちょっとな」
名前を口にするだけで熱い吐息が漏れる。
本当に、自分がその名を口にして良いのだろうか。
この感覚にはずっと慣れないに違いない。
「なあ、向こうの照明の下に立ってんのって空夜さんだよな」
「あ、ほんとだ」
空夜はリョウの試合を観に、リョウは空夜の試合を観に来る。
の試合がある度にアキラが駆けつけるようなものだろう。
「いつ見てもかっこいいなー、とか思ってるんだろ」
「そうだけど、それが何か?」
売り言葉には買い言葉。
けれど喧嘩までには至らない。
どちらも進んで衝突するタイプではなく、むしろ他人の暴走を食い止めるタイプだ。
「アキラ」
「どうした?」
「……一昨日の深夜、Gメン出動したんだって?」
の、一気に低くなった声に、アキラは思わず顔が引きつる。
聖母のような神々しい笑みに差しているのは、怒りの色。
「腕、怪我したんだって?それもかなりの大怪我」
「お前、それ誰から」
「蓮華ちゃん」
蓮華たちの居る場所を、はよく散歩する。
過去に彼女を助けたこともあって、と蓮華は仲が良い。
「なあんで俺に知らせなかったんだよ」
「それは」
「心配するから?当たり前だろ!」
「……ごめん」
暴風族を取り締まることを任務としている以上、必ず危険は付き纏う。
アキラは一人前の男だから、が過保護にする必要はない。
それでも怪我や病気になれば心配するのは当たり前だろう。
だって、アキラの立場になれば同じように黙っているかもしれない。
けれど。
「俺は、どんなことでもアキラには話して欲しい」
「今度からはそうする」
その言葉を聞いて、は愁眉を開く。
アキラの一番愛している笑顔は、やはりマリアのように清らかで美しかった。