ドリーム小説


例えば、貴方は僕にとって導きの星。

さん!」
『んー?』

僕が近づくと、貴方はいつも笑顔で抱き止めてくれる、
だから、僕は全速力で貴方の元に跳んでいく。

『昴宿ねー……A・T履いたままじゃ危ないって言ってるだろ?』
「少しでも早くさんの傍に来たいんだもん」
『や、それは嬉しいけどな、お前スカートでしょ』
「スパッツ履いてる」

僕の家は、なんとも複雑な家庭なんだと涼君が言う。
小学校に上がる前に、僕は涼君の元で暮らすことになった。
涼君はまだ大学院生なのに、僕の世話をちゃんとこなしてて、凄いと思う。
(実際は、家事とかは菜子さんやキヨちゃんがしてくれてるんだけど)

家族と離れて寂しい?とスーツを着た大人達は問うてくる。
でも、僕はあまりそんなことを考えたことはない。
宮家と繋がりのある血筋だとか、男が優先されて跡取りになれる家風だとか、そんなもの僕は要らない。

お父さんとお兄ちゃんの代わりなら、都築さんや涼君が居る。
お母さん代わりならキヨちゃん、お姉ちゃんは奈子さん、弟は杳。
僕を「昴宿」として愛してくれる人たちは、他にもたくさん居る。

「じゃあ、さんは昴宿にとってなんなんだよ?」

中学校の屋上で灰音に言われて、僕は少し悩んだ。

頼れるお兄ちゃん?
優しいお父さん?
GdMのかっこいいリーダー?
尊敬するライダー?
それとも、異性として大好きな人?

全部当たっているようで、全部しっくり来ない。
大切で、失いたくなくて、いつまでも傍にいて欲しいのは確かなんだけれど。
でも、北極星のように、いつまでも高いところで輝いていて欲しいと思う。
そうすれば、僕は決して見失わずに済むから。

『昴宿ー?年頃の女の子が健全な男の子に抱きついちゃいけないんだぞ?』
さんは良いんだもん。特別だもん」
『……可愛すぎる、昴宿ーっ!』

僕をぎゅっと抱きしめる貴方。
でもすぐに何か思いついたように僕から身体を離した。

『同年代の野郎とかには特に気をつけろよ?いざとなればA・Tで蹴って良いからな?』
「ん。わかった」

貴方は、いつまでも僕の特別な人。






「お兄ちゃーん!!」
『……キヨの入れ知恵か』

今は部活中で、しかも他校陸上部との合同練習。
昴宿の呼びかけに、部員達のリズムが一斉に崩れた。

さんの知り合いってなんか凄いよねぇ」
さんのお家は音楽一家でしょう?ストラディバリウスとか持ってるって」
さん自身も自分の持ってるらしいよ、アマーティとか」
「才色兼備って言うか、あの人何をやらせても完璧なんだよな」
「うんうん。あの甘いマスクにレース前のあの厳しい目、男の俺らでもなんか見とれる」
『こーら、お前ら練習しろ。もうすぐインターハイ路線突っ走るんだぞー』

の間延びした言い方は、部員達にとって不思議な安心感があった。
少し自虐を混ぜ、本当に少しだけの命令口調で、いつも笑って。
上から怒鳴ることはなく、謙るわけでもなく、ほんの僅かばかり先輩ぶってみせる。
決して他人を卑下することはないは、なんとも奇妙な言動を言うときもある。
そんなエイリアンみたいな人なのに、他人との垣根をぶち壊して。
いつの間にか心の中に入り込んでいるのだから、手に負えないし憎めない。

「位置について」
「ようい」
”パァン!”

火薬の爆ぜる音のすぐ後に、が次々とハードルを飛び越えていく。
天性のものに、更に努力によって磨きがかかった綺麗なフォームが美しい。
ハードル専門でなくとも、陸上をやっていなくとも、を知らなくとも思わず引き込まれる。

突風のようで、でも決して突き放されたり心が寒くなったりはしない。
花嵐のような人だな、と部員達は思った。






って斎空夜が好きなの?秋野リョウが好きなの?」
『んー、あの人たちの周りにいる人たち、全員に憧れる』

新しい羽織を作るため、キヨに採寸をして貰う
次の生地は、の瞳と同じ抹茶色。
抹茶の粉で染め上げた友禅の布は、最新作のもの。
さすが若手和裁デザイナーだよな、とは自分のことのようにキヨを褒めて嬉しくなった。

『あの人たちってさ、結構Aランクのリーダーとか周りにいっぱい居るじゃん』
「そうねぇ。はあの中に入りたい?」
『どうだろ。俺はずるいから、遠くから見つめられるだけで満足してるよ』
「だからパーツウォウにも参加しないの?」

キヨがCdMに入る間に率いていたチームは、関西ではかなり有名なAランクのチームだった。
だから当時のキヨを知る者は、みなカハデムジカの在り方に驚く。
カハデムジカは、一切の闘争本能を失った獣だ。

『俺はね、別にエリアが欲しい訳じゃないし、ランクを上げたいとも思わない』

もっとも、カハデムジカはAランクのチームのリーダーたちから構成されていたりするが。
涼や都築、キヨがそれだし、昴宿や菜子、杳もそれに匹敵するくらいの力を持つ。

に至っては、トロパイオンへ行くことを眠れる森の住人達に許された。
王を目指さないからこそ、誰よりも自由で、それ故に誰よりも神に近いところに居る。
そんなが、どうしてあの二人の前ではただの人間に成り下がるのか。
照れたり逃げようとしたりするを愛しいと思いつつも、疑問に思うのが周りの面々である。

『王は勝手に目指しとけばいいし、俺は秋野さんや斎さんになりたいわけでもない』

どうしようもなく憧れて、焦がれて。
でも、彼ら自身には成り得ないと、なりたくないとは思う。
ハードルや400mという、決して彼らには負けないものが自分にはある。
彼らが居ることで、は確固たる何かを手に入れられた。
自分が自分で居られる、確かな何かを。

『キヨは、俺に王になって欲しいと望む?』
「……いいえ、のままで良い」

太陽や月のように、ただ一つだけの星。
そのままの姿で輝いている星でありさえしてくれれば。

は、あたしたちだけの導き星よね」

王よりも神よりも、貴方に付いていく。






『お、イツキじゃん』
さん!」
『何してんの?ここウチのエリアだけど』
「え、カ、カ、カジャ……!」
『カハ・デ・ムジカだよ、日本語的発音は。正しくはCaja de Musicaな。OK?』

流暢なスペイン語を話すさん。
外国語は趣味でやってるらしいけど、外国人とペラペラ話す姿はマジでかっこいい。
マッチョでもねーけどモヤシでもなく、モデルみてぇなスタイル。
ウェーブした黒髪も不思議な濃い緑の目も似合ってる芸能人みてぇな顔。
喋ってるとすっげえ頭が良いのがわかるし、安達とかに聞けばすげー反応が返ってくるくらいの有名人。
インターハイで記録を更新するって相当エリートってことだろ?

『で、お前なんでここ居んの?』
「練習ッス」
『一人でか?』
「いや、カズとかも居たんスけど、ジュース買いに行きました」
『へぇ。で、軸足の練習してたんか?』
「すっげぇ!なんでわかったんスか?!」
『や、だって壊滅的だもんお前。軸足ってのはな、こうやるんだよ』

そう言うとさんは少し屈んで、一気に地面を蹴り付けた。

「うわっ?!」
『おーい、目ぇ瞑るなよなぁ』

さんの声が遠くから聞こえて慌てて探すと、なんとさんはビルの屋上の手すりに立っていた。
さっきまでさんが居た場所から、今居るビルまでどんだけ距離があるのかわかんねーくらい遠くにいる。
たった一瞬で、突風と共に、一気に遙か遠くまで。

「すげぇ……」
『俺はスプリンターだぞ?こんくらいどうってことねーよ。で、軸足見てたか?』
「速すぎッスよ!」

自ら爆風を生み出すくらいのスタートダッシュ。
昴宿によると、さんの持ち味は変化に富んだトリックらしーけど。
すっげー高く跳ぶかと思ったらとんでもねぇ足技を繰り出してくるし、相手の攻撃を逆手に取ったりもする。
トリックに名前も付けてないし、攻撃を繰り出す際のフォームも決まってない。
誰もこの人の攻撃は予測できねーんだよなぁ。

「なんでそんなにすげーのにパーツウォウに参加しないんスか?」
『興味ねーもん。ランクとかレガリアとか王とかさ、めんどい』
「はァ?!」
『あー、お前はわかんないと思うわ。ヨシツネもベンケイも怒ったしなぁ』

いつの間にかさんは俺の隣に戻って来てた。
今度は風もなく、音も無かった。
この人には、A・Tの常識は通用しねーのか?
そう言ったらさんは笑った。

『だって俺はずっと走ってきたんだぜ?誰よりも、走ることには自信があるつもりだし、それ意外は要らない』
「わかんねぇーッスよ!」
『だからさ、俺は自己満足で良いの。走ってるときはみんな独りだろ?その時の興奮も自分だけのもんだし……俺は、それを味わいたいだけだよ』

髪を弄るのはさんの癖。
よく昴宿がマネをしてんだよな。

『俺は何にも縛られたくない。カハデムジカの……それで充分なんだよ』

天空上にただ一つ、決して位置を変えることなく輝き続ける星。
さんは何かに縛られることを嫌うあまりに、誰よりも神に近いところに居る。

『さーって、暇だからイツキでも扱こうかねぇ』
「マジッスか?!」
『王候補とかなんとかだからって手加減してやんねぇかんな』
「それは勘弁して下さい!」