ドリーム小説
「あぶね……っ!!」
『わっ?!大丈夫ですか……?』
曲がり角の向こう側から、人が降ってきた。
冗談でもなんでもなく、本当に斜め上くらいから。
普通の人には目に止まるかどうか位のスピードだったと思う。
けれどは、100分の1秒の世界で生きている。
だから、動体視力も瞬発力も反射神経も、他の人間よりは優れているつもりで。
『……あの、斎、空夜さん?』
幸か不幸か、ぶつかってくる前に相手の顔を確認して受け止めるくらいのことは簡単だった。
「ってー……頭打った……」
俺も、貴方を受け止める際に後頭部を強打しました。
ついでに貴方の頭は俺の顎にぶつかったんです、咥内鉄の味がします。
……そんなことを言えば、確実に斎さんのシンパに処刑されるよな。
自分にも影ながら熱狂的なファンが居ることを知らないは、まだ頭を振っている空夜をただ見ている。
脳内では「逃げろ」だの「とりあえず立ち上がれ」だのと恐ろしい回転速度で意思が飛び交っているが、どうやら神経が多少不調らしい。
さっきから身体が金縛りにあったように動かないのである。
「悪い、俺の不注意で」
『あ、いえ……それではお気を付けて』
ようやく運動神経が作用して、「とりあえず引き返せ」の指示に従おうとする。
けれど、の腕はがっちりと捕えられていた。
「折角会えたんだし、そんなにすぐに立ち去らなくても良いだろ?」
もしかして、ぶつかることまで全て計画していたとか言いませんよね?
声にならない疑問を心の中で叫びつつ、は思った。
どうして俺、気に入られちゃったわけ?
「おい、カハデムジカの試合があるんだってよ!」
「マジ?!」
ライダーの声に、灰音と一二三が昴宿を見ると。
「さん抜きのメンバーでやるんだよ」
昴宿はよくわからない説明をした。
「あ……っ!」
『ごめん、大丈夫?』
みぞおちに当たりに突っ込んできた少女を受け止める。
ふわり、とカールされた黒髪が揺れた。
『九重、ちゃん?』
呼んでしまってからしまった、と思う。
気安く「ちゃん」付けで呼んでしまったが、自分と彼女は全く面識がない。
俺の方が一方的に知っている、というのはあるけれども。
『あ、慣れ慣れしくてごめんな。……杳がそう呼んでるのをずっと聞いてるから』
「杳を知ってるの?」
『うん。弟みたいな存在』
絶対に頬が緩んでるな。
視線の先に居る彼女の顔を見て、内心苦笑した。
何故なら、彼女がなんとも言えない表情をしてみせるから。
それでも、やはり杳は可愛い可愛い弟で。
性格が多少大人びていても、捻くれたりはしていない。
俺が求める強さを、自分の信念を貫き通せるだけの強さを、杳は持っている。
『えーと……君は一人?』
「どうして君って呼ぶの」
『名字知らないから……ごめんね』
「九重で良いわ」
『ありがと、九重ちゃん』
笑ってみせると、九重ちゃんはまたなんとも言えない顔をした。
俺の顔、そんなに酷いんだろうか……?
「九重!」
「空夜さん!」
斎空夜……さん。
一瞬口にしそうになって、慌てて手で口を塞ぐ。
斎さんと話している九重ちゃんは、可愛さが更にパワーアップしているというか、輝いている。
うわぁ、斎さんマジック?
……さぶっ。
内心セルフつっこみをした。
基本的になんでも反応してしまうタイプだが、言って良いことと悪いことの区別は付く。
というか、今の言葉を口にしてしまったら間違いなく変人だろう。
「!」
『杳。迎えに来てくれたんだ』
「うちの総長はすーぐ迷子になるからな〜。お、九重」
「杳、こんばんは。試合観に来たわよ」
「サンキュな。観に来て退屈はさせねーから……じゃ、行くぞ!」
「俺も観に行くからなー」
「ありがとうございます斎さん!」
『わ……っ、失礼します!』
杳に手を引かれ、は去っていく。
「あの人、キレイな人ね。空夜さん」
「そうだなー。九重見とれてたもんな」
「もう、空夜さんったら!」