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『高岡はどうする?今度の総合』
『……さぁねぇ、まだ一ヶ月もあるし、テーマも決めてない』
俺の方を見ずに高岡は答えた。どうやら次の授業の英単語テストを見てるらしい。
テストは英文が10あるうちの5題が出るけど、前日に10題全部覚えるよりもその日の休み時間に5題だけ覚えるのが高岡らしくて、だけどいつも合格点は取っている。夕海といい高岡といい、要領良い奴ばっかなんだよな。
「総合」「テーマ」というのは3年生が総合の時間を使って、テーマから発表までをすべて自分たちで計画して実行する、まぁ大学でいうゼミや論文みたいな感じのやつだ。
独りで制作に取り掛かるのもありだし、何人かでグループを作って一緒に研究するのもあり。資料も図書室とかの文献、インターネット、工場などの現場へ行って取材しても良いことになっている。
まるまる1学期分の総合の授業を使ってやるから、結構本格的で深いところまで掘り下げたものが作られる。
中には大学や企業、なにかの大会に出品されて海外にまでいってしまったものもあるらしい。
「結城はどうするんだよ?夕海はもう決めたかなー……」
『なに、朝風夕海から聞いてねーの?』
「なんか、夕海に避けられてるっぽい気がしてさ」
朝風と夕海はアイスホッケー部の2大看板というかゴールデンコンビで、大抵いつも一緒に騒いでた。
だけど朝風に彼女ができてから少しずつ距離が出来ていって、今の状態になっている。夕海は前よりも大人びた笑みで自分の感情を殺していて、でもそれがなんか本当の夕海っぽい感じがした。
最初は朝風に彼女が出来たから拗ねてんじゃねーのってみんな言ってたけど、彼女と別れてからも夕海はずっと変わらない。凄く薄いけれど、でも確かに存在するペールで、夕海は他人に触れられないようにしている。
夕海、今の方がずっと肩の力抜けてる気がする。そう高岡が呟いたのを聞いて、朝風驚いてたっけ。
『ねぇ、夕海はどうするの?』
「さー、どうしよっかな。高岡は?結城と組んだら良いんじゃねーの?」
『は?なんで』
「二人のタッグなら良いもんができるんじゃね?お前らの小論文とかレポートってすげーもん」
「……美男美女だな。結城良いのか?」
『何が?あぁ、夕海は大丈夫だよ』
「なんで?」
朝風は高岡を夕海に取られるんじゃないかって心配してくれてるらしいけど、夕海は他の人が好きなヤツを奪ったりはしないと思う。というか、夕海は人嫌いな気がするし。
俺がそう言ったら、朝風は少し眉根を寄せて怒ったような顔をした。俺の方が夕海のことをわかってて悔しいとでも思ったのか。
同族意識じゃないけど、似たような人間ってなんとなく解ってしまうものなんだと思う。だけど、お互いに憐れみなんて求めたくないからそれ以上知ろうとはしなくて、でも納得してしまったりして。
夕海と朝風は水と油で、でも夕海が水の振りをしてたから今までずっと一緒に居られた。けれど、今まで頑張って演じてきた自分に限界を感じたんじゃないんだろうか。
だから朝風から離れたんだろうけど、夕海が嫌いなのは朝風じゃなくて自分なんだ。それに朝風は気づけなくて、夕海も気づいてほしいとは思ってないはず。
まぁ、夕海と高岡が隣の席同士で楽しそうだなーって思ってるのが朝風だけじゃないのは確かだけど。夕海も観察しがいがあるし。
高校に入って高岡に会ってからずっと、俺は高岡観察に余念が無い。
顔が綺麗だからとか、スポーツも勉強もできるからとか、クールを通り越してドライだからとか理由は色々とあるけど、一言で済ますなら「高岡は異質だから」だと思う。
まぁそんなこと言ってもクラスの奴らにはわかんないだろうとは思うけどさ。夕海ならわかってくれそうだけど。
夕海と高岡は似てる気がする。上手くはいえないけど、何かがすごく深くて大きい。
哲学とか、精神論とか観念とか。宗教的なものも秘めている気がする。
それでも二人ともただの高校生なんだけど。
「なぁ結城、俺と高岡とお前と朝風とでグループ組まねぇ?」
『夕海と結城は良いけど、朝風もなわけ?』
「高岡、そんな嫌そうな顔されたら俺傷つくんですけど」
「しょがねーよ、お前バカだし」
見た目には何も変わってない。夕海も朝風も普通に会話をしている。
でも、ここにいる俺たちだけが、何か変わったのを知っていた。
『結城』
『何?』
『永遠のものって、夕海が信じられるものってないのかな』
『……さぁ。でもさ、俺と高岡は一生変わらないと思う』
『そうだね。なんか、いつまでも一番近い場所に居て、ずっと同じところを見てる気がする』
恋とか愛とか、甘ったるい名前なんて要らない。きっと互いに生まれもった欠陥部分を補うために俺たちは出会ったんだと思う。
もし手が自分と誰かとを繋ぐためにあるんだとしたら、俺たちは片手を世界に、もう片手をお互いのために差し出していて。
夕海と朝風は位相の違う世界に居て、夕海からは朝風の背中が見えているけど朝風からは夕海の姿が見えない、そんな、マジックミラーのような関係なんだろう。
因果関係とか運命というのは不思議だ。信じてないと言いながらも、心の中ではどこか信憑性を持っている。
「……なぁ、お前ら二人の世界に入ってないでこっち戻って来いよ」
「怪しい怪しいとは思ってたけどさ、そんな愛の告白めいた言葉真面目に語り合うなって」
夕海と朝風に言われて、俺と高岡は遠いところに飛んでいた意識をすぐ目の前まで戻した。やっぱり見た目には朝風も夕海も変わっていない。
「二人ってマジで似たもん同士だな。なんていうか、出会うべくして出会った、みたいなカンジ」
「空気とかが似てるんだろ。もしくはどっちかが鍵穴でもう片方が鍵……かな」
「じゃあ俺とお前は?」
「運命の悪戯が引き寄せてきた偶然の連続」
「それは必然だろ?俺はそう思う」
「……朝風が言うなら、そうかもしれねーな」
今は遠く離れた朝風と夕海。でも、夕海が朝風だけに見せる笑顔は本物だと俺は思う。
いや、きっとそうだと信じていたいんだ。俺も高岡も、朝風も夕海自身も。
俺たち四人がこんな会話をしている今も、教室の中は普段どおり生気と若さと賑やかさに溢れている。
俺たちだけが、今じゃなくて別のところに居る気がしてきた。
今世界で誰かが死んでいても、俺たちが急に消えたとしても、世界全体はきっと変わらない。
誰かを失った痛みも、掴んだばかりの幸せさえも心はすぐに消してしまう。
けれど、それぞれの人に影も形も無い過去と未来があって、逃げようの無い現実の中で生きていて。
その中で高岡に出会えたことを、俺は神に感謝したいと思った。
そして、夕海と朝風がまた背中を預けられるようになることを祈りたかった。
(
「変わらぬものは。」「どこまでも痛くて、暗い。」の続編となっております)
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