BLEACH
轍
悲しくないのに胸が痛むのは、どうしようもなく泣きたくなるのは、きっと君のせいで。
(―またか…)
「お屋形様?どうかなさいましたか?」
『いや…なんでもない』
少年に問われ、は我に帰った。
時々感じる、この気持ち。
泣き疲れたあとの空虚というか、穴が空いたような感触。
胸が詰まるような衝動。
そんなものを、最近は感じていた。
(一体なんなんだ…?)
考え事をするときに、顎に手を添えるのはの癖。
こうすれば大抵は何か考えつくが、こればかりはどうしようもないらしい。
「お屋形様、どこか具合でも悪いのですか?医者を…」
『大丈夫だ。それより、橘は何か用があって来たのではないのか?』
水干姿に髪を後ろで一つに縛った少年の名は橘(キツ)。
本家に仕える分家の子供で、当主である
の身辺を世話するのが役目。
5年前に鬼道衆に入ったばかりである。
「山本元柳斎重國護廷十三隊総隊長様がお越しです。お屋形様にお会いしたいと…」
『そうか…こちらへお通ししてくれ』
「はい」
橘は一瞬にして居なくなった。
瞬歩よりも早く移動する術を会得しているからである。
その術―渡(ワタリ)―はが直接橘に手ほどきしたもの。
に伝わる秘術の一つである。
「お屋形様、山本様をお連れ致しました」
「久しぶりですな、殿」
『山本殿、どうぞこちらへ…橘、下がって良いぞ』
「失礼します」
に言われ、橘はまた音もなく姿を消す。
山本はそれを見届けると、出された緑茶に手を伸ばした。
同じようにも緑茶をすすり、一息付いた後話を切り出す。
『山本殿、今日は一体どのようなご用件でいらっしゃったのでしょうか?』
「…そこまで他人行儀にせんでくれんかのぅ。儂とお主の仲ではないか」
『一応互いの立場が立場ですからね。…先生、何度も言いますけど俺は護廷十三隊に入る気はありませんよ』
山本に言われ、は口調を本来のものに戻した。
が山本を先生、と呼ぶのはもまた中央霊術院にて山本の下で学んだ死神だからである。
はそこで6年のカリキュラムを1年足らずで終了させ、卒業試験を免除されて鬼道衆総司令官に就くという前代未聞の偉業を成し遂げていた。
「今日はの、お主に会わせたいやつが居るんじゃ。春水や十四朗と同期で…」
『京楽八番隊長と浮竹十三番隊長と同期といえば、零番隊長のことでしょうか?』
護廷十三隊零番隊隊長、。
四大貴族の一つ、家の嫡子であり、たった1日で卍解を会得したと言われている、伝説に等しい存在の死神。
京楽らより数個年下で、の数個年上に当たる。
『なぜ隊長を俺に会わせたいのですか…?』
「実はのぅ…は鬼道の方がさっぱりでの。よ、指南してやってくれんか」
『……………はぁ』
疑問とも肯定とも取りにくい生返事を返すに、山本は「頼む」と繰り返す。
「あやつは剣術などの肉弾戦においては他に右に出る者は居らぬのじゃが、鬼道はもう目も当てられん。
その点、お主は斬拳走鬼全てにおいて卓越したものを持っておる。何も難しい鬼道を教えなくとも良い、どうか引き受けてはくれんか。頼む、この通りじゃ」
『せ、先生頭を上げて下さい!』
山本が畳に額をつけて頼み込んできたので、は慌てて山本を畳から引き剥がした。
『わかりました、俺なんかで良いのなら…教えましょう』
「おぉ、引き受けてくれるか!じゃが…」
『…当の本人が居ないんですね』
部屋に入ってきたのは山本一人で、の姿はどこにも見当たらなかった。
鬼道衆の死神は他の機関の死神を毛嫌いしている。
理由は「どこの馬の骨ともわからぬ者を…」というもので。
一族を筆頭に瀞霊廷出身のみで構成されている鬼道衆とは違い、流魂街出身の死神が多い十三隊を特に疎んじている。
だから十三隊の死神が鬼道衆の領地内に居れば、何かしら騒ぎになっているはずである。
「あやつは鬼道衆の者とは馬が合わんらしいからの…今ごろどこかで寝ているんじゃろぅ」
『わかりました。隊長は俺が探してきますから、先生は隊舎にお戻り下さい』
「よいのか?実は報告書が山積みになっておっての、大いに助かる」
山本はに感謝の意を伝えると、瞬歩を使い隊舎へと戻った。
『さてと…の霊圧は…』
燃えさかる焔のように雄々しく、猛々しく。
の持つ、巨大な霊圧は他と間違えようもなくすぐに見つかった。
“渡”を使い、霊圧の居場所へと移動する。
の霊圧は月か知不火のように静かに光を放ち、驚異的な大きさを誇る。
それは双極の持つ破壊力と防御力を遙かに凌いでいる月読をもって鎮めなければ、世界が破滅するほどの。
それゆえに、は自らの体を月読を納める鞘とした。
『まさか…ここに居るのか?』
霊圧を探り、がたどりついたのは曼珠沙華が一面に咲き乱れた草原。
瀞霊廷郊外にあり、誰も知らないはずの、幼い頃からだけの秘密の場所だった。
の頂点に立つ前は、ここで鬼道の訓練をした。
卍解もここで会得した。
月読を体の中に封印したのもここだった。
の全てが、ここにあった。
曼珠沙華しかないこの場所は、視界がとても開けている。
人が寝ているのはすぐにわかった。
カッパーブラウンの髪、霊圧と同じく焔のような緋色の瞳。
とは違い女顔ではないが、美人だとか美形だとかと中央霊術院でも絶賛されていた。
伝説の死神がここに居る。
は思わず息を詰めてに近づいていった。
『―誰だ?』
『・・・起きて、たのですか?』
不意にが目を開いたので、は驚き不自然な所で言葉を句切った。
の瞳はやはり焔のように煌めいていて、は思わず魅入られてしまい。
そして次の瞬間、の氷のような瞳からは涙が溢れ出していた。
『『なんで・・・泣いて・・・』』
の分からないのは当然なのだが、にも全く分からなかった。
なぜかと視線が絡まった瞬間、一気にの心に何かが押し寄せてきたのだ。
胸が痛み、息苦しくなった。
目頭が熱くてどうしようもなかった。
悲しい、苦しい、泣きたい、泣けない。
誰か助けて、一人にしないで。
そんな感情がの中で渦巻いて、涙が止まらない。
(因果≠運命と続いてます)
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