BLEACH
轍
「様」
『砕蜂、どうしたの』
柔らかな笑み。
穏やかな声。
何よりも惹きつけられるのは、その深い蒼の瞳。
輝く氷のように、どこまでも澄んだ空のように。
触れることは叶わないけれど、それでも手を伸ばしてしまう。
『燦然たれ、月読』
「瞬閧」
二筋の光は天を貫き、雷鳴を轟かせて墜ちてくる。
大地は焦げ、抉られて。
その中心にあるのは、二つの人影を残して何もない。
様と、夜一様。
鬼道衆総司令官と、刑軍軍団長。
鬼道と白打の才に恵まれた二人は幼い頃から互いに切磋琢磨し、共に成長したという。
浦原がちょっかいを出しに来るまでは、の話ではあるけれど。
私の場合は雪姫だった。
同時期に刑軍に入団し、統括軍団長直属の護衛軍に配属され。
雪姫が零番隊に上がるまで、ずっと一緒に戦い抜いてきた。
「あたし、零番隊へ行くわ」
あの時も、夜一様と様は一緒に鍛錬をしていた。
それを見つめながら、雪姫は私に打ち明けたのだ。
「様の元に行くのか」
「えぇ。あたしは、あの人に命を救われたの」
虚に喰われそうになった斎を助け、名も無い少女に雪姫と付けた。
それが様だったというのは、以前に聞いていた。
「きっと、斎も零に来るわ」
「蓮も行くのだろうな」
私と雪姫が指南してきた、妹のような存在の、斎と蓮。
愛想の良い蓮は誰とでもすぐに仲良くすることができる。
そんな蓮は正義感や使命感から斎と居るのだと、無知な連中は推測している。
蓮の心に広がる闇を、斎は微弱だけれど確かな光で照らし出すから。
だから、二人はいつも共にあるのだろう。
私が雪姫に背中を預けることができるように。
蓮もまた、斎のことを信頼している。
「梢綾のこと、好きよ。大切な親友」
「……私もだ」
「だから、所属する部隊こそ変わるけど、いつまでも梢綾と一緒に戦うから」
けれど、雪姫はやがて刑軍の服を脱ぎ捨て、今は零番隊三席として生きている。
蓮も、斎も、居なくなってしまった。
『砕蜂?』
「は、はい!」
様の声で、過去から呼び戻される。
焦って声が裏返っていなかっただろうか。
間の抜けた顔をしてはいなかっただろうか。
『退屈?ごめん、俺の相手させて』
「いいえ!光栄です!」
『ありがとう』
様の笑みに、凝り固まった緊張が解れる。
夜一様が居ると、私はお二人の話を黙って聞いているだけで。
時々の相槌を打つだけで良かったから、二人きりになるとどうして良いかがわからない。
「あの」
『ん?』
「雪姫たちは元気ですか?」
『元気だよ』
「そう、ですか」
そこで会話が途切れてしまう。
様にとってはなんでもないこの静けさが、私の心には酷く重い。
颯が居てくれたならば、気の利いた話の一つや二つ、造作も無いだろうに。
けれど颯は今十一番隊に詰めている。
元々私は口数の多いほうではない。
様のように、何も言わずとも柔らかい陽だまりのような空気を作り出せない。
雪姫のように、大事なところでたった一言だけを言うこともできやしない。
それでも様は、私に笑いかけてくださるのだ。
『砕蜂、二番隊長になって随分経つけど、もう慣れた?』
「今のところはなんとか。大前田がたまに使えませんが」
隊長という、統べる立場になって始めてわかる。
人の上に立つということの重さを。
自分の言葉や考えに課せられた重責を。
けれど、夜一様や様を思い出すたびに、心が少しだけ和らぐ。
何も焦る必要は無いのだと教えて下さったたのは、様。
私は私らしくあれば良いのだと言って下さったのは、夜一様。
気がつけばよろけそうになる私を支えてくれるのは、雪姫。
私は決して独りではないのだと、貴方たちが教えてくれた。
だからこそ、私は自分で道を斬り開いてゆく。
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