BLEACH
轍
「魅せろ、空蝉」
「ウォ…火ガ、火ガァッ…ッ!」
炎に包まれたと【思いこんだ】虚は、助けを求めて空蝉に飛び込んでくる。
「ウガ…ッ!」
「…莫迦が」
これが空蝉の能力だとわかっていても、自ら斬られに来るなんて愚かだと思う。
お陰でこっちは斬りつける手間が省けるけれど。
斬られてもなお、もがき続ける虚を見下ろす。
きっと今の自分の笑みはとても冷酷なものだろう。
「苦しいか?」
「楽になりたいか?」
答える気力も無いのは知っているけれど。
目で、訴えかけてくる。
“助けてくれ”
“殺してくれ”
口が更に歪む。
誰がそんな簡単に楽にしてやるものか。
もっと苦しめば良い。
自分の犯した罪を悔いるが良い。
お前らは、俺から大切なものを奪ったんだ。
「姉さん…」
優しかった、美しかった。
喰われて息を引き取る瞬間まで、俺のことを心配してくれた。
出来損ないの俺なんて庇わなければ、死なずに済んだのに。
「八坂先輩!」
「…終わりや」
雛森の声が聞こえた。
だから、遊びはお終いにした。
虚を始末してから後ろを振り返ると、修兵と雛森、恋次、吉良がやって来た。
「あ、修兵どないしたん?」
ちゃんと笑えているだろうか。
ちゃんと普段の口調で話せているだろうか。
ちゃんと偽れているだろうか。
「隼人…テメーふらっと消えるんじゃねぇよ」
「スマンスマン。子守任せっきりやったな」
「子守って、それ俺らのことッスか?!」
「恋次ら以外に誰がおんねん」
恋次は犬のようだ、といつも思う。
それなら雛森は兎、吉良は狐。
見ていて飽きない、可愛い後輩たちだ。
「そういえばもうすぐ先輩たち卒業ですね」
「どこに入隊するか決まってるんですか?」
「俺はまだ」
「俺もまだやで」
多分修兵は九番隊だろう。
以前から修兵が九番隊に行きたがっていたのを先生たちも知っていたから。
俺は、九番隊“以外”を希望している。
当然これは修兵にも言っていない。
おれにとって、九番隊長、東仙要という男は、どうも気にくわない存在であるから。
この世に正義なんてあるのか。
この世から争いが消えることはあるのか。
考えても、あまり知識が無くてわからない。
生きていた頃、滅多に高校へ行っていなかったから。
よく皆から嘘だ、と言われるけれど昔は結構有名な不良だったのである。
人は俺を文学青年だと言うけれど、実際はそんな穏やかでも大人しいわけでもなかった。
(まぁ金髪とかタバコとか酒はやってなかったけどなー…)
ケンカはよくやったし、謹慎・停学処分はしょっちゅうだった。
退学寸前にまで陥ったこともある。
そんな時、いつも姉さんが庇ってくれた。
『おぅ、お前ら、元気にやってっか?』
「隊長!」
「副隊長…」
『いい加減名前で呼んで欲しいんだけどね、桃』
「相楽三席に、氷室三席、御影三席まで…」
「いちいち席次言うの面倒じゃねぇのか、吉良は?」
焔のように勇ましい、。
月光のように穏やかで清らかな。
孤高の白百合、相楽雪姫。
そして。
「よぉ八坂に檜佐木。すっかり先輩ヅラしてんじゃねーか」
雷のように轟き、全てを切り裂いていく御影キリト。
俺の姉さんに、似ている人。
顔が似ているわけではない。
姉さんは男言葉を話さなかったし。
けれど、その向日葵のような笑顔が姉さんを思い出さずにはいられなかった。
護廷十三隊において、三席が三人もいるという異例の隊。
霊圧は全員が隊長クラス。
零は、常に頂点に立つ隊だった。
「…と、はーやーと!!八坂隼人!!!」
「わっっ?!キリトさん耳元で叫ばんといてーな!!」
「隼人がボケーッとしてんのが悪りーんだよ!」
『まぁまぁ、隼人も疲れてるんじゃないの?キリトもそうイライラしない』
「さんは隼人に甘すぎですよ!」
(…姉に叱られてキャンキャン吠える弟…)
この2人が並ぶと、性別が転換して見えるのはきっと俺だけじゃない。
事実、修兵もさんを女だと思っていたみたいだし。
密かにさんに憧れているヤツも多いらしいけれど、さんを相手にする度胸は無いらしい。
男同士だとわかっていても、この2人は2人で居るのが自然だから。
『隼人?お茶入ったよ』
さんに手渡された湯飲みからは白い湯気が立ち上っている。
斎の淹れるお茶は絶品だ。
さんの右隣にさん。
2人の膝にはそれぞれ千春・千秋がちょこんと座っている。
さんの左隣に雪姫さんが座って、その隣に斎と蓮。
さんの左隣にキリトさんが座って、俺はその隣に腰を下ろす。
前は颯さんが俺と蓮の間に座っていた(今でもちょくちょく遊びに来るけれど)。
いつの間にか決まっていた場所。
当たり前のようにそれを受け入れる俺。
丸くなったもんだ、と自分でも思う。
“俺、零に行きたいんです”
“その理由は?”
そんなものは無い、とキリトさんと同じ事を俺は言った。
俺は零の死神として生きたいと思ったから。
理由づけなくても、それで十分だと思ったから。
俺は零の八坂隼人なんだと。
今の自分を、誇りたいと思う。
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