BLEACH
轍
『キリト、具合はどう?』
「、さん……」
額に氷嚢が置かれ、冷たい感触が伝わってくる。
熱に浮かされ、頭が働かない。
『お粥食べれそう?』
「食べ、ます」
体がだるいけれど、様に背中を支えてもらって上体を起こす。
「おいしい……」
粥を一口食べて、呟きを洩らした。
程よく熱くて、味も薄すぎず食べやすい。
さん特製の、お粥。
俺たちが風邪を引いたときに、いつも作ってくれる。
「雪姫たちは……?」
『何度か部屋の前までは来てたけど、風邪がうつったらいけないから、って』
会いたかった? と聞いてくるさんに、首を横に振る。
雪姫たちに会えないのは寂しく感じるけど、風邪をうつしちゃマズいし。
さんが傍に居てくれる。
それだけで、心細くなったりはしなかった。
ただ、仕事のほうは大丈夫なのかが心配だったけれど。
さんはヤワな人じゃない。
いつも背筋がシャンと伸びてて、穏やかだけど身が引き締まってる。
男らしい男というわけじゃないけれど、芯の通った強さを持っている人。
『キリト、髪伸びたね』
「そう、ですか?……ホントだ、そろそろ切ろっかな」
『伸ばしてみたら?綺麗な髪してるんだし』
そういうさんの髪のほうが、艶やかで綺麗な烏の濡れ羽色をしている。
雄麒さんが、毎朝丹念に梳かすからだろうか。
「俺、伸ばしても似合いませんよ」
雪姫や蓮たちは、髪を腰くらいまでの長さにしている。
俺には、あんなに女の子らしいことをしても似合わない気がする。
『浮竹隊長も伸ばしてるだろ』
「だけど……俺、男っぽいし」
『男とか女とかに、なんでそんなにこだわるかな』
キリトはキリトだろ、とさんは言う。
誕生日やクリスマス、バレンタインの時の俺を、さんは知ってる。
女の子の死神たちにプレゼントを貰っては、男の死神にからかわれてたから。
この容姿が、時々コンプレックスだった。
だからこそ、さんの言葉は嬉しかった。
髪を伸ばしたら、少しは女の子扱いしてもらえるのかな とか考えていたから。
俺は、俺。
そう言って貰えて、嬉しい。
「キリト、大丈夫か?」
「阿近、さん?」
障子を開けて入ってきたのは、間違いなく阿近さん。
浦原隊長とか、涅さん特製の変装マスクを被ってる別人かもしれないけど。
でもちょっとぶっきらぼうな、面倒くさそうな感じの声は阿近さんのものだった。
『俺そろそろ仕事戻らなきゃいけないから、阿近、後はよろしくな』
「人使い荒いよな、テメェ」
阿近さんは溜め息を吐きながら座る。
『たまにはゆっくり休みなよ、キリト』
さんが出て行く。
俺と阿近さんの間には、沈黙が落ちてきた。
「キリトお前無理しすぎたんじゃねーのか」
「さん、が、一番、無理してます、よ……」
誰よりも早く起きて、遅く寝る。
多くの仕事を抱えて、こなして、なんでもないように笑って。
他人に優しくできて、強くて、綺麗で、すごい人。
「はアレでも男だからな、基礎体力とか年齢からしてお前とは違うんだ」
「でも、」
「大丈夫だ。浦原局長や涅さんから無事に逃げてる限りアイツは死なねぇよ」
「……ですね」
「あんまりとやかく言う気はねぇけどよ……無理に男らしく振舞わなくても良いんだぜ」
驚いた。
まさか、阿近さんがそんなこと言うなんて思わなかったから。
阿近さんは照れくさそうに あー だの うー だのと言って頭を掻く。
「とりあえず、もう寝ろ」
「はい……」
薬が効いてきたのか、急に頭の奥が重くなる。
眠くて、だるい体と意識。
「阿近、さん……」
「ちゃんと傍に居てやるよ」
阿近さんが手を握ってくれる。
それだけで安心できて、あっという間に目の前が真っ暗になった。
「心配、掛けんなよな……」
阿近さんが、優しくそう言った気がした。
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