BLEACH
轍
命を背負う重さを、運命を選ぶ苦しさを、あなたと。
「!俺と勝負しろ……っ?!」
「悪りぃ、相楽。は?」
奉先の鞘で剣八の後頭部を勢いよく殴りつけて沈めた颯は、古巣の零番隊室を覗き込む。
向かって右側に、雪姫、隼人、蓮、斎たちの文机。その上には山のように積まれた書類がある。
対する左側には、キリト、千秋、千春たちの机が並び、当然のように颯の机もあった。
十一番隊に移ってから、もう四半世紀は経つというのに。
「様と様なら、出動命令が下ったから出てるわよ」
迅速に書類を片付けていく雪姫の姿からは、彼女が十一番隊の猛者どもを薙ぎ倒せるなどとは考えにくい。
けれど事実、雪姫は零番隊において三席を名乗れるだけの実力を有している。
颯もまた、十一番隊においては無席だが、零番隊三席という地位に就いていたほどの丈夫だ。
失神したままの剣八を呼び出した一角に預け、颯は隊室で雪姫と二人きりになる。
憎からず思っている彼女と密室に居るとはいえ、同じ隊で肩を並べて刀を振るった年月は世紀を越える。
激しい緊張や理性の限界は感じず、穏やかで柔らかい愛しさだけを感じていた。
「キリトとか他の奴らは?」
「キリトは鍛錬中に怪我して四番隊に行ったわ。隼人はその付き添い」
隼人はキリトを姉のように慕っているが、傍から見れば兄弟のようだ。それくらいキリトは男装の麗人である。
「チビ双子はどーせやちるのとこだろ?蓮たちは雛森とか松本の所か」
「ご名答」
「で、相楽は一人かよ」
「そりゃ、誰か一人は残ってないといけないでしょ。氷室、そこの朱墨取って」
「ほらよ」
「ありがとう」
しばし沈黙が流れるが、二人の間ではそれが常だった。互いの性格を知り尽くしているから、気まずさなど一欠片も存在しない。
いつも美味いお茶を淹れてくれる斎が居ないので、颯は立ち上がって戸棚を開けた。
茶筒の隣には、蓮の作った職人顔負けの有平糖が置いてある。零番隊には甘味が充実している。
「今日は二人とも遅くなるかもな」
「そうね、隊長格に出動要請ってくらいだし」
「晩飯、俺が作ろうか?」
「氷室の料理も久しぶりね。あたしも何品か作るわ」
ここで間違っても隼人や双子に包丁を持たせてはいけない。キリトや斎、蓮は普通に料理が出来るが、あの三人は壊滅的だ。
それくらいのことは、長年の共同生活から身を以って知っている。否、共同生活というよりは大家族の方が正しいかもしれない。
が父、が母。斎、蓮、双子がその子供で。颯たち残りの四人は夫婦の弟妹にあたる。
流魂街出身の雪姫にとって、弟分の日番谷や砕蜂が訪ねてきて賑やかに過ごせる今の生活は心地良いのだろう。
「お前、緑茶は渋めで良かったよな?」
「ありがと。ねぇ、氷室」
「なんだよ」
「明日で、もう五十年経つのね」
雪姫の言わんとしている事はわかったが、颯は茶を吹いたりはしなかった。
そういえば、半世紀前に夫婦になろうと結納を交わしていたのだった。結納といっても、雪姫の家族は日番谷や零番隊の死神だが。
「あー……大虚とか現れて色々あったからな。そっか、もうそんなに経ってたのか」
「みたいね。あたしも桃に言われるまで忘れてたもの」
「なんて?」
「夫婦なのに苗字で呼び合うんですね、って」
婚儀を執り行わなくとも、心は重なり合っていたから。今までとこれからと、何も変わってなくても構わなかった。
「でも松本辺りが騒ぐだろうしな。……それじゃ相楽、じゃなくて雪姫。俺と正式な夫婦になってほしい」
「……はい。どんな時でも、颯と共にあることを誓うわ」
今更めいたことを真顔で言うのは可笑しくて恥ずかしい。二人揃って笑ってしまった。
指輪の代わりに交わすのは、互いの全て。
健やかなる時も病める時も、同じ未来を切り拓いていく。
(主人公はどこへ行った、と自分でも思います。
たまには男女ものを書きたくて、颯と雪姫結婚させちゃいました。
が、この二人はOriginalにいる「変わらぬものは。」と同じ人物として書いていたので、「変わらぬものは。」もある意味ゴールインしてしまいました。)
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