Cosa Nostra

- カルヴァリアの道行 -



一発だけ弾を込めたリボルバー式の拳銃。
弾倉を回転させて弾の位置を分からなくしたあと、は拳銃を机に置く。


「伝統の遊びをしようか、Mr.リー」


が優しくそう言うだけで、大の男が情けなく震え出す。
中華の裏社会ではそれなりに名を馳せた男の無様な姿を、漆黒の冷たい眼差しで射抜く。

革張りの椅子に腰掛け、鷹揚に足を組むの背後には、黒のスーツで身を固めた男たちが控えていた。


「Mr.リー。我らが同胞に伝わるゲームを、まさか知らないとは言わないよな?」


手に馴染んだトカレフを手渡してやると、男は銃を取り落とす。
は無言のまま、男の一挙一動を見つめていた。

暫くして、一発の銃声が響いた。
部屋一面に飛び散った赤の海に男は横たわり、もう息をしていなかった。


「プリンス、お顔に血が」
「少し目に入ったが問題ない。遺体は丁寧に葬ってやれ」
「畏まりました」


霞んでいく目が、運ばれていく男を捉える。
6分の1の確率に当たった元部下の骸は切り刻まれ、焼かれ、海の藻屑となるだろう。


「哀れなユダにも、死をもって常しえの平穏を」


首に彫られたマグノリアを指でなぞり、は呟いた。


「目は大丈夫か?」
「けーご。ああ、視力自体はどうもねーよ」


目を包帯で覆い、ベッドに腰かけては笑う。
ベッドサイドの花瓶に薔薇の花を挿してから、跡部はと向き合った。

の自室は広く、家具は簡素で味気ない。
無駄と華美を嫌うの性格がインテリアにまで滲み出ていた。


「返り血が目に入ったらしいな」
「さあ、どうだろうな」


否定とも肯定とも取れない答えしかは返さない。
それだけで跡部には十分に伝わった。


「この包帯、外してみるか?」
「良いのかよ」
「別に悪化するわけじゃねーし、見せるくらい良いだろ」


あまり深くは考えていないの発言に跡部は呆れたが、やがて包帯に手を伸ばした。

白い包帯を、林檎の皮をむくように剥いでいく。
ガーゼの帯を全て取り去って出てきたのは、血の赤が混ざった色素の薄い瞳。
の目は、本来は闇のような黒色だった。

跡部は思わず顔をしかめる。


「本当に視力は落ちてないんだな?」
「全く、とは言えねぇけど。でも生活には問題ないだろうってさ」
「隠さずに全部言えよ」


跡部の言葉には苦笑する。
悪友だの腐れ縁だのと互いに倦むことはあるものの、大切な部分だけはいつも明かしてきた。


「……その薔薇、白か?」
「何言ってやがる。これは黄い、ろ……」
「こういう事だ。視力の代わりに、色を失くしたらしい」


白と黒、灰色の濃淡が織りなす世界は冷たい。
跡部の整った容姿もモノクロで映し出され、自分の部屋を見ているのに違和感を覚える。


「けどさ、いつかは慣れちまうんだろうな」
「はァ?」
「痛みや苦しみだって、時が経てば形骸化する。命だって同じだろ」


直接手を下したわけでもない。

12歳になったばかりのがしたのは、弾倉に弾を一発込めただけだった。

裏切り者には制裁を下す必要があり。は組織の上に立つ者としての務めを果たした。

ただ、それだけのこと。


、」
「慰めなんていらねーよ。無理して忘れるべきもんでもない」


命を奪う、そんな事に怯えるような教育は受けてはいない。
長年の血塗られた歴史を引き継ぐために、新たな血で新たな歴史を刻むために、は生まれた。


「この目は俺のアイデンティティだ。悪いけど、けーごも早く慣れろよな」
「もう見慣れたぜ」
「早過ぎんだろ」


と跡部は笑い出す。
少し大人に近づき始めた低めの声が、広い部屋に響いた。



- 零れていくもの -



「―……あ、」


怜悧な眼差しが逸らされる。
壮絶なまでの艶は一瞬にして払拭され、白石は眉をひそめた。


「俺に抱かれながら他のこと考えるなんてヨユーやな?」
「は……っ、違うって。今日、蔵の誕生日だろ」


が差し出した携帯を見れば、すでに日付は変わっていた。

そういえば、が来たのは自分の誕生日を祝ってくれるためだったか。
夕食のあとホテルに雪崩れ込めば、目の前の恋人以外は全てを忘れてしまった。

繊細で長い指が、白石の頬を撫でる。


「おめでとう、蔵ノ介。今年は、ちゃんと祝ってやれて良かった」


こんなにも綺麗に笑う人が、平気で他人の命を奪うとは思えない。
しかし時折見せる冷たい表情が、酷薄さを秘めた目が真実を物語っていた。

手に手を重ね、薬指に口付ける。
そこに嵌められているのは、自分のものと同じデザインの指輪。
サイズは、のほうが少し小さかった。


「去年は、一ヶ月以上遅れちまったから……」
「仕事やったんやからしゃーないって。もう怒ってへんよ」
「あの時はキレてただろ?千歳とか忍足に、今でもグチられるし」
「……謙也、あとでシバいたる」


そもそも、自分の知らないところでと繋がっていたのが気にくわない。
おおかた氷帝の忍足を通じて知り合ったのだろうが、それでも。
白石の心をざわつかせるのは跡部だけで十分だ。


「蔵?なんか、お前の萎えてるけど」
「ちょっとな。でも、すぐに元通りやで」
「ん……ア、」


細腰を掴んで揺すれば、再び互いの息が乱れる。
今は自分がを組み敷いているはずなのに、どちらが主導権を握っているのか分からない。

どこか退廃的な儚さを漂わせながら、飢えた獣のような危うさを持つ。
油断していると、いつの間にか喰われてしまいそうだ。


……っ」
「ン……な、に」
「プレゼント、まだ買ってないって言うてたよな」
「……っア、一緒に選ぶって、決めただろっ」


色に溺れながらも、決して理性は揺らがない。
その強さを愛しているのに、壊れてしまえと願っている。

誇りも威厳もかなぐり捨てて、自分だけを求めてくれたらいいのに。
いっそ足元に縋りついて叫べば、は自分だけを選んでくれるのだろうか。

きっと、いや絶対に。
まるで壊れ物を扱うように、これ以上ない優しさで切り捨てられる。


「―泣きたいくらい、欲しいもんがあるのか?」
「何も要らん。とこうしておれたら、それでええ」
「……そっか」


相手はマフィアの若き“王子”で、自分はただの一般人。
本来住むべき世界は全く違う。
しかし、家族や友人を捨てる覚悟なんて白石にはない。
も望んでいないだろうし、向こうも家を出る気はないだろう。

今こうしてつながっていても、未来のことは誰にも分からない。


「愛しとるよ……
「―俺も。愛してるよ、蔵ノ介」


いつか手離すときが来ると知りながら、その手を強く握りしめた。

  1. Text >
  2. Single >
  3. Cosa Nostra