Cosa Nostra

- どちらも、 -



「失礼しました」
「お。なんや、呼び出し喰らったんか?」
「学費滞納してるユーシじゃあるまいし、この俺が生徒指導なんか受けるわけねーっての」
「滞納しとらんわ!ええ加減その貧乏ネタ引きずんのやめてくれんか」


忍足の抗議を受け流し、は職員室を出る。
セキュリティを常に最新のものにしている氷帝では、職員室のドアが自動ドアに取り替えられていた。

背後で自動ドアが閉まった音を聞きながら、隣に立つ男を見上げる。目線の高さの差に、今更ながらの既視感を覚えた。
絶対零度の視線に射抜かれた忍足が小さく身じろぎをする。

忍足は割と度胸も胆力もある方だが、所詮は堅気の人間だ。裏社会でプリンスと呼ばれるとは、住む世界が違う。
は血にも似た海老茶色の瞳をそらし、忍足を解放した。
忍足が少しの違和感と共に安堵の息を吐いたのを視界に入れたあと、は目を閉じる。

らしくなく、気が立っていた。次に目を開けたとき、忍足の知っているという人間になっていなければいけない。
マグノリアの花を思い浮かべながら目を開けると、いつもの白黒の世界が広がっていた。


「そーいや、ユーシは職員室で何してたんだ?」
「次の数学で使うプリント貰いに行ったんや。今日は日直やからな」
「ふーん。なあ、ユーシって何センチくらいあんの?」
「身長か?確か……178、やけど」
「蔵と一緒か」
「蔵?あー、白石な」


似たような口調なのに、忍足と白石とではどこか違っている。


、顔に出とるで」
「何が」
「愛しの白石に会いたいー、ってな」
「キモい」


指を組んで、恋する乙女を演じてみせる忍足の腰を蹴り飛ばす。
舞のように優雅な動作からは想像もつかないほどのダメージを喰らった忍足は、廊下にうずくまった。
その、丸まった猫背を踏みつけてやろうかとも思ったが、加虐性愛者ではないは足を下ろす。

が冷ややかな視線で忍足を見下ろしていると、跡部がやって来た。


「何やってんだ、お前ら」
「あ、けーご。俺、一週間くらい学校休むから」
「そうなん?なんかあるんか?」
「親の仕事の都合でちょっと、な」


忍足には家業を明かしてはいない。本当に、の両親が外交官を務めているのだと思っている。
しかしの素性を知っている跡部は、眉間に深く皺を刻んだ。
は口元だけで笑って踵をかえす。

今日中に会っておきたい、男が一人いた。





じゃなかね?何しとっと?」
「よ、千歳。白石に会いに来たんだけど」
「白石なら部室に残っとうよ。あ、光、今行くけん」
「悪いな引き止めて。じゃあな」
「また今度ばい」


財前に呼ばれて走っていく千歳を見送ってから、はテニス部部室へと向かう。
大きな体のお姫様と年下の王子様は、体の距離を置きながら仲良く校門をくぐって行った。

氷帝とは違って、四天宝寺の部室は瓦屋根に漆喰の壁と和風に建てられている。
木戸をノックすると、室内から聞き慣れた声が返ってきた。


「蔵ノ介。元気にしてっか?」
「……?なんでお前ここに居るんや、定期健診は来週の土曜やろ」


の予想通り、普段は冷静で滅多なことでは驚かない白石の表情が崩れていた。
その左手には相変わらず白い包帯が巻かれていて、その下には何が隠されているかをだけは知っている。


「明後日から日本に居なくなるから、蔵に会っとこうと思ったんだよ」
「もしかして、マフィアの仕事なんか?」


直接武器商人と結び付いているロシア・マフィアと、歴史と規模の大きさを誇る中華マフィアのトップが政略結婚をして、は生まれた。
二大組織を統括して世界を従えていくには、死すら恐れることは許されない。
死神さえもを屈服させ、血塗られた道を歩いていく。それがに課せられ、自身が選んだ道だった。

心配そうにの様子を伺う白石がいじらしい。が、白石や千歳以上にドライな気質であることを、白石は知っているからだ。
白石はの素顔の、ほんの一部さえも知らない。だからこそは安心して彼を愛することが出来ている。


「今回は客船の上で過ごすから、簡単には帰れねーんだわ」
「大丈夫なん?」
「相手は昔っからウチのファミリーだから、そこまで危なくねーよ」
「そうなんや。でも、俺んとこじゃなくて跡部んとこに行くかと思った」
「蔵」
「あ、今のは別に嫉妬とかとちゃうからな?!」


今まで一度だって白石がこんな台詞を漏らしたことはない。同時に、は束縛を嫌っていると彼に言ったこともない。
慌てて顔の前で両手を振る白石の元へ、はゆっくりと歩み寄る。
白石は、の目元が笑っているのに気付いていないようだ。こんなに取り乱している白石を見るのはでも珍しい。


「安心しろよ。俺の恋人はお前だけ。けーごはずっと悪友でしかねーからさ」


思い返せば、白石に跡部との関係性をちゃんと説明したことは無かった。
けれど跡部には、永遠に恋愛感情は持ち得ない。それ以上にも以下にもならず、跡部は信頼のできるただの悪友だった。

例えば、白石と跡部が崖から落ちかかっているならば、は迷わず白石を助けるだろう。
跡部がの手助けなど必要とせずに崖から這い上がってくるであろうことを、は知っていた。


「俺が愛してるのは蔵ノ介だけだよ。そんなことお前が一番知ってんだろ?」
「……っ、卑怯やぞ、そんな声で耳元で囁くなや」
「蔵、俺がこの声で喘ぐの好きなくせに」
「そうやな。のその声は俺だけが知っとればええんや」


自分より身長の高い白石を抱きしめながら、は目を閉じた。
跡部は175、白石は178だったか。は176.5と、ちょうど二人の間だった。


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「……あ、」
「どうかなさいましたか、プリンス」


部下からの呼称を今さら気に留めはしない。
革張りのソファに身を沈め、は髪を掻き上げた。

携帯のタラップを開き、もう一度、日付を確認する。


「蔵、怒ってんだろうな……」


今から一ヶ月くらい前、がイタリアに居た頃のこと。
携帯のカレンダーに登録までしておいて、すっかり頭から抜けていた、白石の誕生日があった。


「というわけで、若に付き合ってもらいてーんだけど」
「なんで俺なんですか、プレゼント選びなら適役の人が居るでしょうに」
「亮とか長太郎とかも考えたけど、若が丁度来たからな」


クレマチスの試し刷りから顔を上げた日吉は、に対して複雑な表情をしてみせる。

報道委員の先輩後輩である前に、日吉はに一目置いている。

は人を使役するのが巧い。
弁舌も爽やかで慎重、明晰な思考を持ち、果断な行動に出ることもある。
跡部とは違った種類のカリスマ性によって、は氷帝学園での中心的人物の一人になっている。


「お前に頼みたいんだよ、若」
「……さんにそこまで言われたら、俺に拒否権、無いじゃないですか」


にこんな笑顔をさせる白石を、少し憎いと日吉は思った。










「どーもッス」
「久し振り、財前。蔵ノ介、部室に居るよな」
「謙也クンと千歳サンが犠牲になってますわ」
「悪い」


自惚れでなく、白石の不機嫌の原因は自分にある。
一ヶ月以上も白石の相手をしていた財前たちには頭が上がらない。


「今まで忙しかったんですか、仕事」
「まーな」
「もしかして、海外に行ってたりとか?」
「……なんでわかるんだよ」
「国際電話を掛けるブチョーをよう見てますから」


氷帝には、親の仕事に従って海外に行く生徒も多い。
も表向きは親の仕事という理由で度々休学している。
財前も良いように勘違いしてくれているので、はあえて訂正しなかった。





歩き慣れた道を辿り、テニス部部室の前に立つ。


「何やってるんスか、サン」
「や、深呼吸しよっかなーと思って」
「緊張してます?」
「してるよ。下手に怒らせて別れるとか言われたらお終いだからな」


海老茶の瞳が優しげに細められ、財前の心が跳ねる。
その眼差しは白石に向けられたものであって、財前にではないと言うのに。
血を思わせる氷の眼差しは、今は確かに温かった。


「どうした?財ぜ」
「部室の前で、なに突っ立っとんねん」


の声を白石が遮る。
整った顔は能面のように無表情で、本気で怒っていることが見て取れた。
凍り付く財前とは反対に、は苦りながらも笑う。


「Happy birthday, Kuranosuke. 当日に祝ってやれなくてごめんな」
「どーせ忘れとったんやろ」
「うん」


今が何月何日だなんて意識する暇が無かった。
けれど言い訳はしない。
白石には、嘘を吐きたくない。


「プレゼント、受け取ってくれなくても良いから」
「ええんか?」
「今日になって祝いに来たのは俺の自己マンだし」


いつの間にか財前の姿は無く、部室の中にいた千歳たちも消えていた。


「蔵」
「……なんや」
「生まれてきてくれて、ありがとう。ご両親にも感謝してる」
「クサいわ、その台詞」
「俺もそう思う」
「でも、ありがとう」


俯いている白石の表情はわからない。
けれど、包帯の巻かれた左手は、綺麗に放送された小箱を受け取った。


、一つワガママ言わせろ」
「一つだけで良いのかよ」
「今日いちにち、傍におれ」
「居てやるよ、今日も明日も。日曜まで蔵に独り占めされてやるから、」
「から?」
「その指輪、できるならいつも身に着けてて」


装飾のないシンプルなシルバーリングを、は白石の手ごと握りしめる。

夏に近付きつつある夕方はまだ明るい。
髪を風に遊ばせ、茜空をバックに笑うを、綺麗だと白石は思った。


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