藤と橘

- 春休み -



「そーいやユキチ、フクザワユミちゃんってお前の親戚?」
「ブッ」
「は?」


顔を上げると、祐麒の噴いた緑茶が昌光に直撃したらしい。

かつて花寺学院史上において、生徒会室で生徒会長(まだ候補だが、それにしても気の毒な身の上である)が茶を噴射することがあっただろうか。
の記憶する限りは、恐らくない。

慌てふためく1年生をよそに、薬師寺兄弟は随分と落ち着いている。


「せめて日光は熱がるとかしろよ」
「そんなに熱くなかったからな」
「あ、そ……ユキチも驚きすぎ」


祐麒は咽せながらも口元を拭っている。
いきなりの出来事だったとしても、ここまで反応されるとは思わなかった。


「だ、だって!どうして先輩が姉ちゃんのこと」
「紅薔薇さまのつぼみの妹」
「?!」
「可愛い孫ができて毎日楽しいって、蓉子ちゃんが言ってた」
「先輩、薔薇さま方と親しいんですかっ?」
「やけに嬉しそうだなアリス。親しいも何も、水野家に居候してるんだけど」
「「「「えーっ?!」」」」
「1年生4人、驚きすぎな上に声が大きい」


冷めた視線に射抜かれ、祐麒たちは怯む。
孤高の存在と称されるに気後れすることなく近づけるのは、花寺ではただひとりだけ。


「ヤローばっかの中で女子の話したら、そりゃ騒がれるって」
。お前、部活は?」
に出し忘れた書類のこと思い出したから、ちょっと抜けてきた」
「急ぎのもんでもなかっただろ」
「そーなんだけどな」


道着で汗をぬぐい、朗らかに笑う。
同性から見ても眩しく爽やかな言動は、が慕われる要因のひとつだった。


「今度の予算会議だけど、運動部でこんくらい貰ってもいいか?」
「小林の採算しだいだけど……文化部には特に影響なし」
「サンキュー。な、この後みんな暇?」
「え、あ、一応は」


の問いに答えたのは高田だ。


「柏木さんが道場に来てるんだけど、なんか晩飯に招待してくれるって。高田たちも来いよ」
「それってだけが呼ばれてるんじゃないのか?」
「みんな呼んでいいって言ってたし。俺が行くならは絶対参加だろ?」
「いつから俺らは2個一になったんだよ」
「ずっと前から、だろ?」
「ソウイエバソウデシタネー」


が投げやりに返事をすれば、は楽しそうに笑う。
源氏と平氏の派閥争いが激しい花寺において、頭である2人は何故か仲が良い。
生徒会長(もうすぐ先代になるけれど)の柏木に対してフランクな物言いができる下級生も、この2人だけだ。


「そろそろ部活戻れよ。主将がサボってたら後輩が泣くぞ」
「柏木さんの餌食になるもんなー。じゃ、また後でな」
「頑張れよ」
「分かってる」


軽く手を打ちあった後、は部屋を出ては書類に視線を戻す。
再び静まり返った生徒会室で、アリスが意を決して口を開いた。


「あ、あの先輩!」
「ん?どーした、アリス」
「先輩って、先輩と仲がいいですよね」
「まぁ、別に悪くなる必要もないしな」
「でも、お二人って中学時代は疎遠だってお聞きしましたけど」
「誰から聞いたんだ、お前……そりゃあの頃は全然喋らなかったけど」


柏木さんのせいで、嫌でも喋らなきゃいけないようになったからな。
溜息交じりに紡がれた言葉に、誰も何も言えなくなった。


- 秋 -



「失礼します、1年のです」


生徒会長に呼び出されて、向かった先はなぜか剣道部の部室。
高校に入学して半年が経つが、ここに来たのは初めてだ。
下手に部室なんかに近づけば、恐ろしいほどの勧誘に巻き込まれるのだから。


「よく来てくれたね!これで2人とも揃った」
?なんでお前までここに、」


満面の笑みでを迎えたのは、2年生の柏木優。
さきの生徒会選挙で、圧倒的支持を得て会長に就任したらしい。
その後ろに立つのは、1年生ながらに剣道部のエースとして活躍しているだった。

成績優秀、スポーツ万能。
おまけに性格もいいとあて、いつも周りに人が絶えないなんてまるで漫画の主人公かなにかのようだ。

同じ1年生でも全く接点のなかった(否、作らないようにしていた)の登場に驚くの肩を、柏木が軽く叩いた。


は僕が呼んだんだよ。2人とも、お互い全く知らないわけじゃないだろう?」
「まぁ、一応顔と名前くらいは……」


が答え、と互いに気まずそうに見遣る。

接点こそないものの、どういうわけか2人は中学のころから何かと比べられてきた。
スポーツテストに学力試験、芸術の作品や研究発表。

や、おそらくも望んでないのに比較され、なぜか周囲が騒ぎたてる。


「2人とも取り巻きがうるさいらしいね。噂だとに源氏、に平氏がついているそうじゃないか」


体育会系の源氏と、文化部系の平氏。
部活動に重きを置く花寺において、両派閥の対立はとても根深い。

それくらいは2人も知っているが、どうしてその争いに自分たちが巻き込まれなければいけないのかが分からなかった。
特には文化部にも運動部にも所属していない、いわば中立の立場にある。

自分たちの意見などお構いなしに色めき立つクラスメートに疲れ、いつしかお互いを避けるようになっていた。


「平氏の中にはに対抗できるようなヤツが居なかったらしい。だからが担ぎ出されたんだよ」
「そんな事されても……別にと張り合う気はありませんから」
「俺だって、と争ったりしたいわけじゃねーよ。って、結局なんで俺らを呼び出したんですか柏木さん」
「ああ、すっかり話が逸れてしまってたな。2人には、源平をまとめてもらうことにしたから」
「「……は?」」


の声が重なる。

源平をまとめるということは、すなわち運動部と文化部をそれぞれ統括する部長職に就くということ。
花寺においてこの役職は、ときに生徒会長を凌ぐほどの権力と責任を持つもので。
現役の両部長が大学受験を控えていてもなお役を降りられないほどに、後継者選びが難しいとされているのに。


「今の部長たちからはもう承認も貰ってるから大丈夫。今日から引き継ぎよろしくね」


爽やかに笑う柏木の顔めがけて、2人分の拳と蹴りが炸裂した。


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