- 合戦前 -
ドアを開けたら、なぜか白薔薇のつぼみがいた。
「あ……えっと、聖さん?」
「素でアイツと間違えんな!」
「その声、もしかしてか?」
「もしかしなくても俺だよ!」
整った顔立ちで睨まれると迫力がある。
ノブを握りしめたまま、は立ち尽くした。
ここは花寺学院高校生徒会室。
男しかいないはずの校舎で、リリアン女学院の制服を目にすることなんてまず有り得ない。
しかも濡れ羽色のセーラー服を着ているのは、最近ようやくお互いを知り始めた相手で。
を前にしてぐるぐると脳をフル回転させていたからか、背後から忍び寄る気配に気付けなかった。
そう、耳元で囁かれるまで。
「制服、のぶんもあるよ」
「ひっ?!か、柏木さん、」
「そんなに驚かなくてもいいだろう?傷付くなぁ」
「アンタが傷付こうが傷付くまいがどうでもいいから、とりあえず3発以上殴らせろこのド変態」
さらに声が低くなったと、溢れんばかりの笑顔を浮かべた柏木。
まさに前門の虎・後門の狼状態で、迂闊に動けば虎にやられる。
かといって狼に助けを求められないし求めたくない。
「そうやって見ると佐藤くんとよく似ているね」
「言いたいことはそれだけか?よし分かった今すぐあの世に送ってやるからこっち来い」
「見た目は可愛いんだからもっとおしとやかにしないと。ねぇ?」
「……俺に振らないでもらえますか」
平和で穏やかな学校生活を送りたいだけなのに、どうしてささやかな願いすら叶えてくれないのだろう。
神―花寺の場合は仏のほうが相応しいのか―を少し恨んでしまう。
とにかく、この二人が組み合わさるととてつもなく面倒なのだ。
誰よりも付き合いが長いくせに、何かあればすぐ険悪になる。
正しくはが柏木にからかわれてキレるのだが、剣道部はよく活動を維持していられるとは思う。
「というわけで、も着てみようか」
「は?」
「花寺の合戦でミスコンをやるって話は以前したよね。それで、生徒会からも候補者を出そうってなっただろう」
「待って下さい、なんで運営側がイベントに参加しなきゃいけないんですか?!」
「参加者の気持ちを知っておくのは大切なことだよ」
「言ってることはまともだけど、男子高校生にセーラー服持って迫ってる時点でおかしいだろアンタ!」
を壁際に追い詰めたまま、柏木はへと向き直る。
「じゃあ、はの女装見たくない?」
「な……?」
「一人より二人、赤信号もみんなで渡れば怖くないだろう」
「なんか違うんじゃないか、それ」
「も似合うと思うけどなぁ。紅薔薇さまのつぼみ……いや、さっちゃんみたいになるかも」
「蓉子ちゃんや祥子さんに失礼ですよ」
「血は争えないって言うし」
「蓉子ちゃんはお隣りさんだし、祥子さんなら尚さら血筋関係ないと思うんですけど」
というか、筋金入りの男嫌いなかのお嬢様の従兄弟が柏木なのだ。
白薔薇のつぼみとならともかく、自身は紅薔薇姉妹と似る道理はない。
「まあまあ、とにかく着てみるだけでもいいから。ね?」
「嫌です、断固拒否します!」
「ひとりに恥ずかしいことさせるの?」
「それは……」
それとこれとは話が違うような気もするが、思わず口ごもってしまう。
を見れば、なんとも複雑な表情をしていた。
口を開くまでに時間を要したのは、彼なりに逡巡したのだろうか。
「、」
「なに」
「俺も、見たいって言ったら怒る?」
何を、なんて聞かなくても予想はつく。
下心丸出しの柏木にはそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだが、を無下にはできなかった。
だからといって快諾できるはずもない。
日本人離れした美貌に懇願されてもなおは渋ったが、罪悪感と好奇心の混じった熱視線に根負けした。
「……気分悪くなっても知らねーからな」
「絶対ならない!」
かくして、花寺の合戦史上もっとも周囲を魅了してみせた絶滅黒髪美少女が出来上がったとか何とか。
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了