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「花発けば風雨多く 人生別離足し」
“Hm...?なんて言ったんだ、”
“中国の古い詩だよ。日本では、サヨナラだけが人生さって訳すけど”
シルバの間抜け面を見て、思わず吹き出してしまう。
最近マスコミで騒がれだした、天才MFでブラジルの若き至宝。
しかしからしてみれば、後輩の悪ガキでしかない。
“……本当に、代表を辞退するのか?”
“ああ。最終選考まで残れて嬉しかったけど、帰らなきゃいけないから”
それだけ言い残して、立ち上がる。
もうすぐ搭乗する時間だ。
“またな、レオ。見送りに来てくれてありがと”
“当然だろ。アンタは俺が認めた、たった独りの10番なんだからな”
シルバの声を背に、は歩きだした。
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「ただいまー……」
「お帰りなさい、先輩」
「タク」
松葉寮に入ると、ほっと肩の力が抜ける。
空港に降り立った時も、日本語が飛び交っているのを懐かしく感じたけれど。
にとって、ここは第二の家だ。
「先輩せんぱいっ、フランスどーでしたっ?!」
「バカ代は相変わらず無駄に元気だな。お前もう上級生だろ?落ち着けよ」
「先輩も、相変わらず俺にだけ毒舌っスよね……」
笠井と藤代の後ろに居るのは新入生だろう。
のときも、入学式の2週間前には入寮していた。
小学校を卒業したばかりだからか、小さくて幼く見える。
2年前の自分も同じようなものだったのだろうが、初々しくて可愛い。
「今年は20人くらい推薦で来てるぞ」
「渋沢。……ただいま、渋沢キャプテン」
「おかえり、副キャプテン」
「なんか恥ずかしいな」
「全くだ」
セレクションに受かったのは12月。
1月にフランスへ渡って、3年生の卒業式にも出られなかった。
副キャプテンに決まったと知らされたのも国際電話で、あまり実感は湧いてない。
けれど、新顔の部員たちを見て、最上級生になったのだと思う。
頼ってばかりだった先輩はもう居ない。
高等部に上がればまた一緒にプレーできるとしても、少し寂しい。
「今年の春大会は地区予選からだよな」
「ああ、監督は2軍を起用する予定らしいが」
「だろうな。ま、どーせ俺は1回戦に出してもらえないけど」
伝統校というのは、新体制になっても戦術を大きく変えることはそうない。
それでも、帰ってきてすぐの試合には出られないだろうとは思っていた。
団体戦は、個人技の良し悪しだけで勝敗が決まるわけじゃない。
「そういやU−14で召集あったんだろ、藤代」
「あ、はい。真田とか鳴海とかー、あとジュビロとかマリノスユースからも来てましたよ」
「マリノスか」
マリノスといえば、昔ジュニアユースに従兄が所属していた。
初めて背番号をもらって以来、ずっと10番を背負い続けてきた従兄。
「……もう、3年近く会ってないんだよな」
「え、須釜サンと会ってないんスか?」
「んなわけねーだろ」
「いだっ?!」
頭を拳骨で殴る。
須釜とは世代別代表でいつも顔を合わせているのを、藤代が知らないはずがない。
山口や功刀、城光にしても同じだ。
「じゃー誰と会ってないんですか?」
「……イトコだよ、イトコ」
今はもう、遠い海の向こうにいるけれど。
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空港内に散らばる漢字、ひらがな、カタカナ。
久しぶりに見ると、記号の羅列にしか見えない。
一応は母国語のはずなのだが、適応能力とは時に弊害をもたらすものだ。
「!」
「鷹匠、飛鳥。お前ら部活は?」
「今日はオフだ。他の奴らも、時間があればお前に会いたがってたんだがな」
「そっか。みんな優しいな」
ブラジルに渡る時も、何も言わずに送り出してくれた。
鷹匠と飛鳥を通じて、いつも連絡を取り合ってきた。
日本を捨てきれなかったのは、戦友でいてくれたからだ。
「日本に帰ってきたってことは、本当に代表辞めたんだな」
「まあ、な。最年少でW杯出場、なんて騒がれもしたけど」
正直、まだ決心が付いてなかった。
カナリア色とサムライブルーの、どちらのユニフォームを着るか悩み続けていた。
「まぁその年でセレソンに召集されただけでもすげーけどな」
「同世代のヤツは何人か一緒に呼ばれてたよ」
「でも最終選考までは残ってないだろ?」
「んー……全員が残ったってわけじゃないけど」
言葉を濁す。
世代別代表とフル代表の実力差に圧倒されながらも、互いに励ましあってきた仲間。
合宿所を出る時に、何度も引き留められた。
彼らもまた、大切な戦友だった。
「ところで、どこに編入するのか決めたのか?」
「どこって……ああ、高校か」
「鎌学に戻ってこねーのかよ」
「鷹匠、」
飛鳥が諌めると、鷹匠は口を噤む。
父も後輩もいない母校に戻るのは、少し辛い。
「まだ確定じゃないけど、実は葉蔭に行こうかなって考えてる」
「ウチに来るのか?」
「飛鳥も居るし、葉蔭なら鷹匠も納得してくれんだろ?」
「しゃーねーな……U−19で一緒にプレーすんなら、許してやるよ」
「それは考えとく」
3人で、同じチームでプレーしたことは一度もない。
それぞれ別のFCで、試合などを通して知り合った。
ボランチ、ストライカー、リベロ。
ポシジョンは違っても、不思議なくらいに息が合った。
のなかで、従弟の次に優先順位が高い存在だ。
「あ、スガにメールすんの忘れてた」
「マリノスでの後輩か」
「そうそう。飛鳥、よく覚えてんな」
「いつも試合を観に来てただろう。のイトコと一緒に」
「そっか、のこと知ってるんだよな」
東京に住む、2歳年下の従弟。
今は叔父夫婦のもとを離れ、サッカー部の寮で生活しているらしい。
ポジションはCB、スイーパーよりはリベロ向きだったはずだ。
「何歳だった、オトート君?」
「弟じゃなくてイトコ。確か、今年で中3かな?副キャプテンに決まったんだと」
「連絡取り合ってたのか」
「や、情報はスガか山口経由。なんでか知らないけど、にメールも電話も拒否られてんだよな」
「スネたんじゃねーの、ソイツ」
肩を竦めてみせる。
鷹匠の言う通りだとしても、が拗ねる原因がわからない。
日本を出ることは叔父や叔母も知っていた。
須釜や山口にも知らせたのだから、そこから伝わらないはずがない。
けれどが日本を出る日に、だけが見送りに来なかった。
そして、今は変えられてしまったであろう携帯の番号やメールアドレスも知らないままだ。
「何かしたかなー、俺」
「お前オトート君に激甘だったのにな」
「そうか?自覚はあるけど」
「あんのかよ」
自他共に認めるくらい、はを甘やかしていた。
今となってはもう、昔のように笑い合えないかもしれないけれど。
了