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「、電話鳴ってんじゃねーのか」
「こっちにケータイ投げてくれよ」
「めんどくせー奴だなお前」
本気で面倒そうに、しかし律儀に携帯を投げて寄越す。
ルームメイトとして3年目にもなると、三上をパシリに使うのにも遠慮がなくなった。
それはきっと、三上も同じだろう。
「もしもし、山口?どうかしたのか」
『がフランスから帰ってきたって城光から聞いたんだよ。俺らにもメールしろっつーの』
「あー、悪い。忘れてた」
一緒にセレクションを受けた城光には、帰国後すぐにメールを打った。
山口らは後回しにして忘れていたが、代わりに城光が伝えてくれたらしい。
『良いよなー、フランス。MFでもセレクションしねーかな』
「そろそろU−15の召集かかるだろ。そしたら嫌でも遠征するって」
『対戦すんのと一緒にやるのは違うだろ。さんならそう言うね』
「なんでが出てくんだよ」
『なんでって、帰ってきたんだろ?さん』
「え……」
『戻ってきてくれるのは嬉しいけどさ、辞退するなんて勿体ないよなー。だってセレソンだぜ?!セレソン!』
「辞めたのか、ブラジル代表」
『もしかしなくても、知らなかったのか?』
「だってメールも何も来てねーし、」
言いかけて止める。
新しい携帯の番号も、メールアドレスも教えなかったのはだ。
意地を張って、連絡を取ろうとしなかった。
クラブチームのウェブサイトで、活躍している従兄の姿を見ては満足していた。
『俺はスガ経由で聞いたけど、お前が知らないなんて思わなかった』
「山口も知ってるだろ、俺がしばらくを無視してたの」
『あー……。って、さんにだけはワガママだったもんな。向こうは向こうでそれを許しちゃうし』
あの人、お前のこと甘やかし過ぎ。
山口の言葉に反論しない程度には、自覚があった。
『まだスネてんのか?ボランチには向かないって言われたの』
「……いつの話だよ。練習始まるから、もう切るぞ」
『はいはい、またな』
通話ボタンを押す。
三上はもう行ってしまい、部屋に独りきりになった。
―にはボランチじゃなくて、DFの方が合ってると思う。
今となっては、の判断は正しかったと思う。
のことを誰よりも理解していたのが従兄だった。
それを痛感したのは、がブラジルに行ってしまってからだったけれど。
「三上が10番もらった時も、ビミョーに悔しかったなー……」
10という数字も、ボランチというポジションも特別だった。
ピッチを駆け抜ける従兄は、いつだって輝いていた。
「何のんびり寝転んでるんですか、先輩」
「タク。げ、もう練習始まってんのか」
「軽く15分は経ってますよ?監督まだ来てないからいいですけど……珍しいですね、先輩が遅刻なんて」
壁に掛けられた時計から、笠井へと視線を移す。
確かに、基本的には無遅刻無欠席で通してきた。
例外といえば、体調不良か用事のときくらいだ。
ただ今は、従兄のことで頭がいっぱいで。
「何かありました?」
「や、何もないけど」
「複雑なカオしてますけど」
「なんでもねーから大丈夫、ありがとな」
「いえ。じゃ、監督の来ないうちに練習行きましょ」
「そーだな」
何も聞かないでいてくれる後輩の背を叩く。
同じポジションでなかったら、こんな風に接していないかもしれない。
「そういや、ベッケンバウワーも俺と同じ5番なんだっけ」
「……急になに言ってるんですか。本当に大丈夫ですか?」
自分が決して従兄になれないと知ったのは、最近のことだった。
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「今日から隣に越してきました、です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。どうぞよろしく」
敬礼の姿勢から顔を上げて、飛鳥と笑い合う。
今日からは同級生で、チームメイトで、隣人だ。
「寮に空きがあってラッキーだったよ。実家は人に貸してるからさ」
「あの家、広かったよな」
「そうか?今は父さんの後輩が住んでるんだけど、律儀に家賃払ってくれるんだよな」
両親の遺産のおかげで生活費には困らない。
学費の方も、スポーツ推薦枠で減額されている。
それを知っていてもなお、榊は家賃を口座に振り込んでいる。
その厚意を無碍にしようとは思えなかった。
「寮の部屋って意外に広いんだな」
「ブラジルではアパート暮らしじゃなかったのか?」
「知り合いの家に居候。昔サンパウロでキーパーやってた人なんだけど」
「知り合いが多いな」
「社交的な人だったからなぁ、父さん」
日本代表だった現役時代も、鎌倉学館中等部で監督をしていた引退後も。
父の人柄を慕う人は多く、それがは誇らしかった。
ブラジルに行く時も、西園寺や榊の世話になった。
「逆に叔父さんは職人気質なとこがあってさ。の性格は叔父さん譲りだと思う」
「顔はほとんど同じなのに、性格は全然違うからな、お前たちは」
「顔は母似、中身は父親似なんだよ。俺とは」
一卵性双生児の母たちは、2人揃ってサッカー選手と恋に落ちた。
そして先にが、2年遅れてがこの世に生まれた。
どういうわけか瓜二つの顔立ちで、何度か実の兄弟と間違われたこともある。
互いにひとりっ子で、他に同世代の親戚も居ない。
さらにサッカーという共通点が、とを強く結びつけた。
「そういや職員室ってどこにあんの?始業式前に来るよう言われたんだけど」
「それなら連れてってやるよ。部活はいつから参加するんだ?」
「せめて見学だけでも今日からしたいんだけど、いけそう?」
「大丈夫だろう。練習に参加しても良いか、俺から田岡監督に言ってみる」
「悪いな、飛鳥。世話になりっぱなしで」
が苦笑すると、飛鳥はゆるく首を振った。
割と寡黙な友人は、あまり表情を変えない。
それをクールだと言って憧れる女子は多い、と鷹匠から聞いた。
そういう鷹匠も、今や世代別代表のエースストライカーとして注目を浴びている。
「今思えば、と逢沢は一緒にプレーしたことは無いのか?」
「そおうだな。練習は一緒だったけど、お互い違う選抜に選ばれて遠征に行ってたし」
「はいつも年上に囲まれてばかりだったな」
「今度からは、飛鳥と鷹匠と一緒にU−19だろ」
「、」
「日本でサッカーするって決めたらの話だけど」
そう付け足して言うと、今度は飛鳥が苦笑した。
しかし、責めることも問い詰めることもしてこない。
気長に待つさ、といつもの調子で言った。
「ウチに来てくれただけでも充分ありがたいからな」
「大げさだって。そんなに重宝されるような実力じゃないし」
「謙遜するな。お前が居たから、今の俺があるんだから」
「……なんか照れるんだけど。お前さ、恥ずかしいセリフのときに限っていい笑顔するよな」
「そうか?今度から気を付けた方がいいな」
「別にそのままで良いんじゃないか?飴と鞭っていうしさ」
葉蔭において、飛鳥亨の存在は絶対だ。
キーマンの一挙一動が、チーム全体の士気もゲームの流れも左右する。
それだけエースという存在は大きく、不動の影響力を持つ。
はそれを、身を以て知っていた。
了