- 邂逅 -
「、ちょっと見てみろ」
「はい?」
あれは、ミニバスの全国大会。チームの監督に呼ばれて、2階の客席からコートを見下ろした。
監督が指差していたのも当然ミニバスのチーム。次の準決試合に向けてシューティングしていた。
「うわ……」
「凄いだろ?関西のチームだ。中学に上がれば全中大会でも勝ちあがってくるだろう」
確実に、ミス無く決められるシュート。無駄な動きの無い、流れるようなパス。
全体的に見ても個人的に見ても、レベルの高いよくまとまったチームだ。
「こっちのチームが勝てば、決勝で俺らと当たるんですよね?」
「そうだ。あの4番、見てみろ」
そう言われて、俺は初めての存在を知った。
上手かった、強かった。あのパスを受けてみたいと思った。
でもそれ以上に、マンツーマンで戦ってみたいと思った。
凄すぎて声が出なかったのは、感動で鳥肌が立ったのは、あれが初めてだったと思う。
「アルビレックスの四番!」
「ん?」
後ろから呼ばれて振り返ると、が居た。
「エヴェッサの四番?」
「あ、俺のこと知ってるんか」
はどこまでもキラキラした笑顔で、すぐ近くまで来た。後ろのエヴェッサのメンバーに先に行っとけとでも言ってたんだろう、そいつらはこっちを見ながらも行ってしまった。
「あいつら良いのか?」
「えぇねん。どーせホテルすぐ近くやしバスで待機しとらなあかんし、監督には言うたから大丈夫」
聞き取りやすい、落ち着いた関西弁を話す。試合のときの真剣な表情とは違う、爽やかな笑み。
なんていうんだろう、クラスの女子とかに人気のあるタイプなんだろうなって思った。
「俺、」
「俺は。明日の決勝楽しみやな」
「あれ、って関西弁喋れるんや?」
今思えば、顔の良い奴は生まれたときから顔が良いんだろうな。どんな表情でも、うわカッコイイって思えた。
「のことコーチから聞いてなー、アルビレックスの試合見てたんやで。めっちゃ上手いな」
「そっちやって強いやんか」
「まーな。多分試合して退屈はさせへんで?」
の手から生み出されるパス、弾丸みたいなシュート、鉄壁のディフェンス、全部覚えてる。退屈どころか、絶対に気が抜けない。
俺らだってここまで勝ちあがってきたから目指すは優勝のみだけど、それは相手も同じ。負けられないし、負けるつもりで試合なんてしたくない。
も強気に笑ってた。
「頑張ろな、お互い」
「うん、負けへんで」
「とーぜん、それでないとつまらんわ」
自分の才能をひけらかすことも、努力を謙遜することもない。その強さが好きだと思った。
「!」
「!うわ、全中以来。元気にしてた?」
「しとったで。そっちはどうなん」
俺の言葉遣いを聞いて、他のやつらが驚く。関西弁を話すところなんて、今まで見せた事がなかったから。
「お前もここに入ったんだ?」
「なんかお前の標準語って微妙」
「しゃあない……しょーがねーだろ、関西弁ってきつく聞こえるって言われるんだし」
関西弁のイントネーションのままで話される標準語。独特の柔らかい言葉。
それからは、も俺も、二人っきりのときだけ関西弁で話すようになった。
「ここに居るってことはバスケしに来たんだよな?」
「決まってんだろ。よろしくな、!」
「……よろしく、」
「やっぱチームメイトなら名前で呼ばなきゃな」
「そんなもんか?」
嬉しそうにが笑った。最後に見たのは夏の全中大会だったから、今から半年前くらいだろう。
半年振りのは、前よりも鮮やかで綺麗だった。男に綺麗ってどうなんだろうって感じだけど。
「とりあえず寮行ってみようぜ」
「そーだな。何号室?って俺と一緒じゃん」
「マジで?!うわ、運命じゃねー?」
「運命っていうか因縁だろー!」
まだ桜が咲いていた入学式前、中学最後の春休み。
いつかと一緒の学校でバスケをしたいと思ったことはあったけど、それが現実になるとは思ってなかったから。
だからこそ、何度もの名前を呼んでは俺の名前を呼ばせた。
- 隣という距離 -
「!ソレ俺の歯ブラシ」
「へ?あ、俺の昨日捨てたんだっけ」
「一本しかない時点で気づけや……」
「ごめん」
俺が気づいたときにはすでに歯磨きがほぼ完了した状態。自分の髪についた寝グセを直していて、の方に全く注意を向けていなかった俺にも非がある。
こいつは朝に弱くて、何をやらかしても不思議じゃないと2年前から知っているというのに。
俺が呆れているのを見て、は慌てて部屋を出て行って、すぐにカップを持って帰ってきた。
帰ってくるまであんま時間が掛かってないから、多分寮の食堂にでも行ってたんだろうけど。
「お湯?」
「そ」
湯気の立つマグカップの中に歯ブラシを突っ込んで。
「熱湯消毒しても、あんま意味無いと思うんやへほなぁ」
熱湯のせいで生暖かい歯ブラシに歯磨き粉を付けて、口の中に差し込まれた。
「やっぱ目立ってるよなぁ俺ら」
「そりゃ180以上の大男二人が並んでるしな」
「部活とか学校だとちっさい方なんだけどな。やっぱ周りがデカ過ぎんだろ」
「はまだデカい方じゃね?」
母親に手を引かれている女の子が見上げてくる。一番高い棚に並んでいるお菓子を取ってやると、にっこり笑って ありがとう と言った。
「お兄ちゃんおっきいね」
「パパは大きくない?」
「お兄ちゃんの方が大きくてかっこいい!」
「ありがと」
小さくて丸い頭は、手のひらに簡単に納まってしまう。にこにこ笑う姿はすごくほんとに可愛らしくて、子供って可愛いなと思った。
「お兄ちゃんもかっこいいよ!こっちのお兄ちゃんはキレーなの」
「キレーだってぁ。良かったな」
「そうだな……」
純粋にそう言い切られると言い返す気力も無くなる。キレイだとか女の子に使うような形容詞を言われるなんて、そんなに俺は男らしくないんだろうか。
千切れそうなくらいに手を振ってくれる女の子に手を振り返してから、の頭を殴った。
なんでって?そりゃ八つ当たりに決まってんだろ、アホ。
「って妙に暴力的だよなー」
「すいませんねー。で?歯ブラシと、あと何買えば良いんだよ」
「えっとー。あ、服見たい」
「俺らほとんどジャージで済むだろーが」
練習が終わってすることなんて、寮に帰って部屋でへばっているくらいだ。蒸し暑い日なんかは尚さら死んでいる。
私服を着てどこかに遊びに行くような体力なんて残ってない。
服の良し悪し、というかセンスなんて全く持ってないけど、はかなりオシャレなんじゃないかと思う。
俺も一応、自分では気を遣ってるんだけど。も 良いじゃん って言ってくれてるし。
タッパがあるぶん、モデルとまではいかなくてもそれなりになんでも着こなせるんじゃないかなって思う。
「先にサーティーワン食いたいかも。最近食べてへんし」
「そやな」
周りが恋人同士とか女の子同士でも気にしない。頭一つぶん飛びぬけてようが、指を差されて何か言われてようが無視。
なのに。
「あの、クンのファンなんです」
「あ、ありがと」
呼び止められてファンだといわれてしまえば振り向くしかないじゃないか。しかもファンって、俺はアイドルか何かか。
「メルアド教えてくれませんか?」
「悪いねー、こいつメール嫌いなんだわ」
「え。じゃ、じゃあ君は?」
「俺は今日ケータイ持って来てねーし。ウチは異性交遊に厳しいから。、行こ」
「あ、うん」
アイスを買ってきたは俺たちの会話を打ち切ると速攻で歩き出す。が携帯を持って来ていないなんて嘘だ。
はさっきのみたいな女の子は嫌いだから。あの子たちにメルアドなんて教えたら本当にメールが来るだろうし。
自意識過剰かもしれないけど、ずっと着メロが鳴りっぱなしかもしれないし。
バスケを邪魔されることは、にとって一番最悪なことで。バスケ以外のものは無駄っていう点では、は恐ろしいくらいに冷酷だ。
「」
「ん?」
「早く帰って練習しよーぜ」
「そやな」
一瞬で不機嫌状態から回復したのを見て俺はホッとする。が怒ったら、どうしていいかわからない。
「あーぁ、ウチ男子校で良かった」
「でないとお前毎日怒っとかなアカンもんな」
「ほんまやわ。俺、一生彼女要らんかも」
「それって悲しくないか?」
「バスケがあればそれでえぇし。……あ、あとと一緒にNBA行けたら最高」
「俺は日本をバスケ王国にしたいな。テレビ放送少なすぎやねん」
「確かに」
俺もも、いつか誰かと恋に落ちて結婚するかもしれない。そう考えると少し辛いけど、今の状態が一番幸せで。
ただ、ずっとこのまま一緒に笑っていられたら、今はそれだけで幸せだと思えるんだ。
了