- 僕にできること -
「サッカー選手と相撲の力士って、どっちが重心低いと思う?」
「は?え、えーと……力士?」
「残念、ハズレです……って、急に言われても分かるわけないよなー」
キャラメルブラウンの長髪は、正直にいえば高校球児らしくない。
しかし迅に笑いかけてくるのは紛れもなく桐青野球部のマネージャーである。
マネージャーといっても、がしている仕事はコーチやトレーナーのそれに近い。
そんなの前には、さっきまで読んでいた分厚い本か置かれている。
タイトルを見ても、迅にはとても無縁そうな言葉が書かれていた。
「バイオメカニクスって、何スか?」
「んーと……力学的な観点から生物を解明するんだけど」
「……難しそうッスね。さん、読んでて楽しいんですか?」
「難しいけど、普段の生活とか野球にも活かせることだって意外とあるぞ?」
「へー……」
「そんなカオしなくても、ベラベラ講義したりなんてしないから。安心しろって」
同性でさえも見惚れてしまう、華やかでいて人懐っこい笑み。
その明るさと気さくさに惹かれ、を慕う下級生は多い。
そして傍にいるなかで、の野球に対する思いに気付く。
『俺らでさんを甲子園に連れてってやろーぜ』
『それで、頂点とって、さんに恩返ししよう』
利央が言い出して、1年生の部員全員で誓った目標。
迅たちがといられる時間はとても短い。
だからこそ、今年の夏が勝負のときになる。
入学当初からスタメンに選ばれている迅や利央は、特にその思いが強かった。
「そーいや迅、今日が何の日か知ってる?」
「今日って4月14日ですよね……何かありました?」
「オレンジデー」
「はい?」
「愛媛のミカン農家が考えたらしいけど、愛を確かめ合う日なんだと」
1月14日は“いい予感のする日”。
2月14日はバレンタインデーで、3月14日はホワイトデー。
そして年初めから続くイベントの締め括りが、いわく今日であるらしい。
欧米では、オレンジは多産のシンボルであり、新婚のカップルなどに贈られる。
これに着目した企業等が、バレンタインデー・ホワイトデーに続き2人の愛を確かなものにし、オレンジやオレンジ色のプレゼントを贈る日としてPRしている。
未だ知名度は低いが、数年前には某夢の国でもイベントがあったそうだ。
「なんか、オレンジの花言葉が花嫁の喜びなんだってさ」
「物知りッスね、さん」
「テストには還元されない雑学だけどな。ってことで、はいコレ」
「飴、ですか?」
掌に落とされたのはオレンジ色のキャンディー。
洋菓子屋のものとかではなく、コンビニでも買えるような代物だ。
おそらく、一袋に20個くらいは入っているような。
後輩を可愛がるのが好きなのことだから、また他の部員たちにも配り歩くのだろうか。
いつもの光景を思い出しながら、迅の頭にはそんな考えが浮かんだ。
「あ、利央とかに言うなよ?それは迅にだけやるんだから」
「俺にだけ?」
「毎朝1番に部室に来て、誰よりも早く練習を始めてるご褒美だよ」
は笑ってそう言うが、鍵係でなければこんなに早くは来ない。
本当はもっと遅くまで寝ていたいし、自分ではそんなにマジメな人間だとも思わない。
右手の中にある飴玉を、強く握りしめる。
「―あと、本当にありがとな、迅」
「別に、鍵係だから早く来てるだけで……」
「違う違う。俺が言いたいのは、俺のために頑張ってくれてありがとうってこと」
噛み合うことなく、突然切り替わった話題に、伏せていた顔を上げる。
逆光のせいで、の顔に浮かんでいる表情は分からない。
「俺も全力でサポートするから。絶対行こうな、甲子園」
ああ、この人には一生敵わない。
穏やかな声色に、そんなことを思わされる。
その言葉に、込められた思いに。
急激に上がった体温で、手の中の飴が少し溶けた。
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了