Cosa Nostra

- 背後にご注意ください -



「ちょ、けーご、何する気だよ」
「ナニって、決まってんだろうが」


灰色の視界の中でも、目の前の男はギラギラと輝いている。
舌の濡れた感触が首筋を這い上がり、腰の辺りが疼きだす。


「っア、こないだも俺が下だったじゃねーか!っう、ン」
「てめーの方が感じやすいだろ?


後ろから抱き込まれて愛撫されると抵抗できない。
ベッドのシーツを握り締めて耐えようとしても、の体を知り尽くしている跡部には無意味だ。
腹筋を掌で撫でられ、声にならない悲鳴を上げる。


「体は止めてほしくないみてぇだぜ?」
「てめーはどっかのAV俳優か!誰のせい、で……んんっ、ア、」


ズボンの上から硬く張り詰めたものを撫で上げられ、体がしなる。思わず上げてしまった嬌声に気をよくした男は、ベルトを外してジッパーを下ろした。
他人の体温が直接触れてきて、精液が溢れ出す。


「ア、ん、けーご……っ!」
……」


こんなときだけ真剣に名前を囁くだなんて卑怯だ。
快楽に流されていく意識の中で、はそんなことを考えていた。


「……信じらんねー。病人相手に4回もするか?」


未だ麻痺して動けない体をシーツで覆う。少しでも動けば、中から精液が零れそうだ。
髪を書き上げようとした腕にまで赤い痣があって、怒るよりも呆れてしまった。
跡部という男は、本当に貪るように自分を抱く。いつもの貴公子然とした、優雅な立ち居振る舞いはどこへ行った。
すでに制服を着終えている跡部を睨みつけると、まさに俺様としか言いようのない笑みを返された。


「蔵なら、こんな乱暴なことしねーぞ」
「クラ?」
「あ、」
「耳の裏にあったキスマークは白石のヤローか」
「……良いだろ、別に。俺はけーごのもんじゃねーし」


付き合っているわけでもないし、が跡部ひと筋だと言った覚えもない。
さすがに相手は選り好みしているから、誰とでも寝るというわけでもないが。
性欲だって淡白なほうだ。気に入っている相手に迫られようが、三回に一回は拒んでいる。
今回は、風邪薬で反応が鈍っている寝こみを襲われて、ろくに抵抗が出来なかっただけで。


「他には居ねぇんだろうな?」
「氷帝ではお前一人だよ」


外見にはかなりうるさいと自覚はあるし、女は好きだが不都合もある。
顔、体、性格、ステータス。全てが自分に釣り合うだけの一級品でなければ、指一本だって触れさせやしない。

白石とは、忍足の従兄弟の謙也と通じて知り合い、その日のうちに抱いた。
が男役に回ることを拒否すれば、近づくことを一切許さない。そう告げる前に、白石はベッドに己の体を沈めた。
お前の好きにしろ、と包帯の巻かれた左手での髪を梳きながら、白石は微笑んだ。



「なんだよ?」
「なんでもねーよ」
「は?意味わかんねぇ……」


予定外の運動をしたから、風邪薬の効き目が恐ろしいほどに速い。撞かれた鐘のように頭が揺れ、瞼が重くなる。


「なぁ、けーご」
「どうした」
「お前も、蔵も、比べられないくらい大切だから。お前一人に絞るなんて無理だからな」
「勝手にしろ」


足音が遠ざかっていき、ドアが開閉する音を聞いた。
白一色の保健室は、色盲の視界でもあまり変わらない気がする。

こんな自分でも、跡部は見捨てない。には、そんな確信めいたものがある。


「嫉妬なんて、可愛いヤツ」


呟いた声は、静かに消えていった。


- 美しい男 -



は、いつでも男前やな」
「おおきに」
「うわ、なんやその下手な関西弁」
「うっせーな。俺は蔵の言葉の方が訳わかんねーっての」


が知っているテニス部員には、試合中に奇妙な決め台詞を言う人間が多い。
が。その中でも白石の「エクスタシー」は別格で、かなり不思議だ。


「ってか、四天宝寺の奴らもキャラ濃いよな」
「まあな」
「千歳はマトモっつーか、一人違うけど」
「あいつは九州男児やから」
「そういうもんなのか?」


今日の試合を思い返す。立海大などとは違うが、四天宝寺のゲーム展開は常に一方的で圧倒される。
猛者、もとい強烈な個性の中で一際目立っていたのは元気な一年坊主だった。
時代劇で有名な町奉行に名前が似ていたような気がしなくもない。あの、腕に桜花の入墨をした元ヤンキーの主人公だ。


「西の遠山なら、東は越前か」
「ああ、青学の一年か?」
「そうそう。どっちも歴史に名だたる有名人だよな。蔵もだけど」
「俺?」
「忠臣蔵の主役じゃねーか。主人の仇討ちのために死んだんだっけな」
「俺は別に忠義とか無いけどな」
「ま、そりゃそうだ」


この優男に色を差したら、どんなに男前なのだろう。自分の御眼鏡に適っている時点で十二分に美形なのだろうが。
けれど、やはり、モノクロとフルカラーでは全てが違って見える。
全く色がわからないわけではないし、後天性だから色を知らないわけじゃない。
治療のお陰で徐々に回復してきているから、いつかは白黒の世界ともお別れだ。これはこれで結構キレイなのだが。


「ところで、目はどうなん?」
「悪くはなってねーかな」
「ほな良かったやん?」
「だな」


忍足の父の紹介で、わざわざ大阪の病院まで通っているだけの成果はあるようだ。白石の笑みに絆されて、そんなことを思う。


「跡部とは?」
「けーご?……特に何もないけど」


誰かと二人きりでいるときは、他人の話をしない。それくらいのエチケットは持ち合わせている。
気が緩んでいるときや、事後に口を滑らせることが無いわけではないけれど。それだけ相手に気が置けないということにしておく。

ポテトを一本とって食べたあと、指の腹に付いた塩を舐め取る。


「エロいな」
「……これがか?」
「ん。ま、はいつでもフェロモン垂れ流しとるけど」


自分が周りからどういう風に見られているかは大体わかっている。
クール、色男、抱きたい、抱かれたい。そんな事を思われても、こちらとしては大迷惑でしかない。
来る者を選んで、去る者を後腐れのないように始末する。一人だけを愛したら、いつかきっと殺してしまうだろうから。

沈んでいた意識が、濡れた唇の感触で浮上する。


「蔵?」
「ん、遠い目しとったから」


白石は、の体に流れている血塗られた血のことを知っている。
一度家を突き止められて引越しをした時に、運悪く白石が上京してきたことがあった。
あと5分、が白石を見つけるのが遅かったなら、彼の命は奪われていたかもしれない。


「な、蔵。俺のこと嫌いになったりしねーの?」
「……なんで?」
「お前、俺んちがマフィアだってことわかってる?俺もいつかは人を殺すかもしれねーんだぞ?」
「ええねん。それでもお前と居りたい」
「俺のせいでお前が死ぬことになっても?」
「そしたらは俺のこと忘れんやろ」
「……アホ」


意外にも、彼はしたたかな男なのかもしれない。


「俺は執念深いから、お前のことは放したらへんよ。覚悟しとき?」
「そんなこと言うのはお前だけだよ」


暗い瞳に全てを奪われる。白石は、の頬に手を添えた。
まだ昼間だというのに、この男が欲しいと体が訴えていた。


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