宙 - sora -

- 9 -



電車の窓から見える風景が懐かしい。
駅を出ると、すぐ目の前にあるホームスタジアム。


「おーい、ー!!」
「うるさい、結人」
「結人?!大丈夫か!」


手を振る若菜を、隣にいた郭が殴る。
藤代と笠井がよくやる遣り取りと同じだ。
頭を押さえてうずくまる若菜に真田が心配そうに声をかけるのも、昔と変わらない。


「相変わらず英士は結人に対して容赦ないなー」
「言っても解らないなら行動に移すまで、でしょ」
「言葉と同時に手が出てたけど……」
「か・ず・ま?」
「スミマセン」


が武蔵森に行ってからも、3人の上下関係は継続しているらしい。


「久しぶりだな、ロッサに来るのも」
「部活やってて寮暮らししてたら、滅多に外出できないんだろ?」
「まーな。オフはあるけど、人の多いところはちょっと……」
、逆ナンされてばっかだもんな」


武蔵森サッカー部の、しかも正レギュラーとくればネームバリューは十二分にある。
さらに長身と顔の良さから、は女子に絶大な人気があった。

男女別棟の武蔵森では、学校行事でもない限り女子生徒と接する機会はゼロに等しい。
だからたまに遭遇すると、その黄色い声とパワーに圧倒されてしまう。


はオロオロするばっかだもんなー、さんなら0円スマイルでかわすのに」
「あの人、誘いを断った後のフォローも忘れないし」
「そういや帰って来たんだよな、さん」


若菜の何気ない一言に、郭と真田が喰いつく。
予想外に双方から凝視され、若菜は怯んだ。


「なんで結人が知ってんの」
「す、須釜だよ須釜!アイツからメール来たんだって」
「ボランチつながりか。俺らにも教えてくれたって良かったろ」
「ってか、の帰国ってそんな一大事なことかよ?」


須釜といい山口といい、一体どれくらいの人間に言いふらしたのだろう。
しかも周りのほうが、従弟であるよりも早耳で情報が詳しい。

何故かは解らないが、昔から従兄は年下に人気があった。


「だってさんってすげー人じゃん。10歳でU−12に入ってジュニアW杯に出てさ」
「どのチームでもずっと10番だったし、ボランチなのにトップ下もこなせるしな」
「実力もある人だけど、誰にでも分け隔てなく接する人だったしね」


郭が素直に人を褒めることは滅多にない。
ずっと一緒にやってきただからこそ、言葉の重さがわかる。
若菜や真田はわかりやすいくらいに憧れていたが、郭にここまで言わせる人間はそういない。

そういえば、3人はいつもを取り合っては騒いでいたように思う。
潤慶は笑ってそれを見ていて、よくをからかってきた。
を取られて悔しいかなんて、聞くまでもないことだろうに。


「な、久しぶりに会ってどうだった?やっぱ強くなってんだろーな」
「……とは会ってねーよ」
「3年間一度も会ってないのか?あんなに仲良かったのに」


真田は知らない。
の身に何が起きて、どうしてが居なくなったのかを。


「何があったかは知らないけど、早く謝ったほうがいいんじゃない」
「なんで、俺が悪いの前提なんだよ」
のことだから、さんにわがまま言って怒らせたんじゃないの?」


郭まで山口と同じことを言う。


「でもさ、があんなガキっぽいのってさんの前でだけだったよな」
「いつもはもっとクールなのに、最初は驚いたしな」
さんはに甘かったからね」


確かに、あの頃は何を言っても受け入れられる気がしていた。


- 10 -



。お前のユニフォームだ」
「あ、はい。ありがとうございます」


監督の田岡から直接手渡される。
ユニフォームの背に書かれた数字は、10じゃない。


、本当に良かったのか?お前ずっと10番だったんだろ」
「葉蔭での10番はお前だろ、真屋。俺はボランチができればそれでいいし」


初めてもらった、10以外の背番号。
慣れ親しんだ数字ではあったが、執着してはいない。
自分の居場所があって、自分のプレーができれば充分だと思う。


「8番っスか、さん」


鬼丸が手元を覗きこんできて、何故か嬉しそうに笑った。


「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
「数字の8って横に倒すと∞になるでしょ?無敵っぽい感じで、さんにピッタリだなって」
「正確には無限大って意味だけどな。でも漢数字の八だと末広がりで縁起がいいって聞くし」
がつけてるだけでなんかご利益ありそうな気がしてきた」
「白鳥も真屋も、俺のユニフォーム見るのは良いけどそろそろ返せよ」


このままだとユニフォームが皺になる。
白鳥の手から取り返すと、すぐに畳んでロッカーにしまった。


「そういやさんのイトコもサッカーしてるんですよね?」
「そうそう、鬼丸の1コ下でCB。飛鳥と同じ5番」
「どんなんなんスか?性格とか、見た目とか」
「見た目は俺とほぼ同じ、かな。性格はクールで素っ気ないけど、チームメイトから人気あったみたいだし」


技術や速さもあったが、周りからの信頼が厚かった。
安心して後ろを任せられる存在だった。
どんな攻撃にもひるまず、立ち向かっていく確かな強さを持っていた。

たとえ従兄弟であっても、は違う。
だからこそ、ボランチ向きではないとはっきり告げた。
しかしそれはの意見であって、今の自身が作り上げてきたものだ。
DFであることも、武蔵森に行ったことも、が選び取ったのだと信じている。


「……自慢のイトコだよ。これからもっと強くなって、世界と戦っていけると思う」
「ベタ惚れなんですね」
「自覚あるイトコ馬鹿だからなー、俺」


鷹匠から散々言われてきた言葉を使わせてもらう。
ブラジルでもチームメイトに呆れられたくらい、を語らせたら褒めることしか言わない。

は自分と向き合い、見つめ考え、非を認められる力がある。
ならば、が心配したり口を出す必要はない。


のイトコに対する愛情は凄いぞ。なにしろ最優先すべき存在だからな」
「ブラコンっつーか、マジで愛しちゃってんだな」
「飛鳥までバカにする……。真屋、いくらなんでもそこまでアブなくないから」


が大事なのは否定しない。
しかしここまで言われると、まるで変人扱いでなはいか。


「こらお前ら!さっさと着替えて練習しろ!」
「はいっ!!」


主将に怒鳴られ、慌ててカッターシャツを脱ぐ。
手が止まっていたのは1、2年生のほとんどで、3年生は既にストレッチを始めていた。


「あ。飛鳥、1限ってなんの授業だっけ」
「数Uだ。宿題、全部できたか?」
「多分な。なに、わかんない所でもあった?」
「最後の微積分がうまくいかなかったんだ。後で教えてくれないか」
「いいよ。アレは俺も苦労したなー」


ドアを開けると、春風が舞い込む。
生温い風が、頬を撫でた。

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