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「あれ、藤代は?」
高田の一言で、笠井の視線が山川へと注がれる。
他の部員らも同じように見つめると、山川は身を竦ませた。
「山川って誠二と同じクラスだよな」
「う、うん。なんか藤代、その、腹が痛いから病院行ってくるって教室飛び出して……」
「そのまま行方不明なわけだ」
声が小さくなっていく山川に対して、笠井の笑顔が輝きだす。
普段ほとんど変わらない表情だからこそ、余計に山川は怯えていた。
「先輩、どうします?」
「バカ代、朝は元気だったよな?」
「昼休みも思いっきり食べてましたし、明らかにサボりですよね」
「携帯はつながらないのか」
「電話かけたら、いかにも焦って切られました」
こうなってはフォローもできない。
こめかみを押さえる渋沢の肩を、辰巳がそっと叩く。
春の大会以来やけに風祭に関心を示していた藤代のことだから、桜上水にでも行ったのだろう。
そう考えたのは、だけではないはずだ。
「山川」
「は、はい!」
「そう怯えなくても良いって。最近風祭と連絡取ってるか?」
「将と?あ、新しいキーパーが入部したって、この前メールが来ました」
「それ、藤代に言った?」
「3軍のみんなで話してるときに言ったのを聞かれてたかも……」
「ビンゴ、だな」
授業が終わった時間を考えれば、ちょうど桜上水に着いた頃だろう。
そして確実に、練習には遅刻してくるつもりに違いない。
申し訳なさそうに、山川はますます俯いていく。
「すいません、引き留められなくて……」
「山川のせいじゃないって。行き先も大体予想が付いたし」
コーチが来るまであと15分。
藤代を待って、自分たちまで練習に遅れるわけにはいかない。
「ほら、そろそろ練習始めるぞ」
渋沢が率先して立ち上がる。
気持ちを切り替え、引き締めるのもキャプテンの役目だ。
らも渋沢にならい、部室を出た。
「あ、くん出てきたよ〜!!」
「三上先輩、いつ見てもかっこいー!」
「渋沢さ〜ん!」
黄色い声を上げるのは、フェンスに張り付いた女子生徒たち。
濃緑のブレザー以外にも、セーラー服を着た女子までいる。
サッカーグラウンドは男女それぞれの校舎の間にある。
つまり男子と接触できる数少ない場所で、ほとんど毎日のように女子が押し掛けてくるのだった。
コーチや教師が注意しに来るまで、彼女たちは騒ぎ続ける。
「くん、こっち向いて〜!!」
「ダントツ人気ですね、先輩」
「嬉しくねーよ。ってか、渋沢とか辰巳のほうが身長あるしモテると思うんだけど」
「辰巳先輩はデカすぎるんでしょ」
「ま、2人とも中学生には見えないよな……」
特に渋沢などは、その落ち着き払った態度から大学生に間違われることもある。
笠井と2人で苦笑していると、ひときわ大きい悲鳴が上がった。
女生徒たちはグラウンドではなく、後ろを振り返って見ている。
「女子棟で何かあったんですかね?」
「さぁ……」
突然人込みが割れて、女子のかたまりから1人の青年が押し出されてくる。
部員も女子らも状況が飲み込めず、青年本人は誰かを探して首を巡らせていた。
やがて、ボールを取り落としたと目が合う。
「あ、居た。久しぶり、」
「……?」
伯母譲りの、相変わらず整った顔立ちに柔和な笑みを浮かべ。
ごく普通に、従兄は笑って手を振った。
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学校というものは、それぞれ敷地面積も違えば建物の配置も違う。
校舎や体育館など見当が付いても、自分が今どこに居るかまでは把握できない。
「やべ、チャイム鳴ったー!!」
「?あ、ちょっとすいません!」
焦った声が聞こえたと思ったら、見覚えのある少年が全力疾走してくる。
彼は確か、今手元にある書類に載っていた。
「武蔵森サッカー部の監督はどこに居られるか教えてほしいんですけど」
「桐原監督ならそこのプレハブ入って廊下の一番奥の部屋っス!それじゃっ」
「あ……りがと、」
きっと、謝礼の言葉は聞こえてないだろう。
藤代誠二は足が速いとデータにあるが、何をあんなに急いでいたのか。
一度首を傾げてから、は桐原の所へと向かった。
「失礼します、武蔵森学園中等部サッカー部監督の桐原さんはいらっしゃいますか?」
「?……いや違う、きみは?」
「葉蔭学院高校2年、です」
「……あの、さんの息子か?」
従弟と間違われるのは想定外だった。
けれど、父親のことを知っているなんて聞いてない。
もっとも、父は有名な人であったけれども。
「父のことをご存知で?」
「現役の頃に世話になってね。その漆黒の目は、お父上譲りのようだな」
「そうですね。あと先に言っておくと、は俺のイトコです」
「そうか。よく似ているな」
それは従弟になのか、父親になのか。
どこか懐かしむような眼で、桐原はを眺めた。
榊や西園寺も、父を知る人は時々この目をして見てくる。
それに気付かない振りをして、は封筒を取り出した。
「この度、東京都内でU−15代表選抜の召集が決まったのでお話しに上がりました」
「どうしてきみが?まだ学生だろう」
「その説明は、今からさせて頂きます」
話すべき内容を、もう一度脳内で繰り返す。
と向き合う桐原は、子どもたちを預かる大人の顔をしていた。
「……何これ。コンサート会場?」
桐原に勧められるまま練習を見にきたはいいものの、異様な光景にたじろぐ。
フェンスに張り付く女の子。
若干引き気味のサッカー部員たち。
一通り見まわすと、藤代がこっそり練習に紛れ込むのが目に入った。
こんな環境下で練習している従弟に、思わず同情と尊敬の念が湧いてくる。
の記憶する限り、は騒がれることと女子に接することを苦手としていた。
「……ね、あの人くんに似てない?」
「え、ウソ、なんで2人いるの?!」
「げ、」
女子2人組と目が合い、は顔が引きつる、
しかし相手のほうは興奮していて、それが周りに広がっていく。
「先輩?違うでしょ、先輩は茶髪だけどあの人黒髪だよ」
「しかも武蔵森の制服じゃなくない?」
「ってゆーか、くんグラウンドに居るじゃん!!」
突き刺さる好奇の眼差し。
非難の声が上がらないだけ、マシだと思うべきなのだろうか。
彼女たちに間違われるということは、相変わらず自分たちは瓜二つの顔つきらしい。
一度深呼吸してから、女子高生軍団に近付いていく。
「ごめん、そこ空けてもらえる?」
が見せないだろう笑顔で言ってやれば、すぐに道ができる。
そして、その先には。
「……?」
鏡に映る自分のような、従弟が立っていた。
了