宙 - sora -

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渋沢が、不破を連れてグラウンドを出ていく。
や他の部員たちは黙って見ているほかなかった。
誰も、不破が何者かを知らない。


「なんだよ、この前から乱入者ばっかりだな」
先輩がそれ言います?でも、今回は誠二がなにか知ってるみたいですよ」
「へぇ……そうなのか?バカ代」


笠井に首根っこを掴まれている藤代を見やる。
笑顔を浮かべて近づいていくと、相手の顔からは血の気が引いていくようだった。


「俺、不破のことは知ってますけど、ここに来た理由までは知らないっスよ!!」
「じゃあ不破って何モンだよ。ウチじゃ見かけねー顔だけど」
「桜上水の新しいGKです!」
「それだけか?」
「それだけっス!センパイ痛い!!」


頭を握りつぶそうと手に力を込める。
実際に潰せるわけがないのに、過剰反応してくれるから藤代は面白い。


「お前リアクションいいよなー。でもやっぱうるさい」
「リフジンっスよいくらなんでも!」
「俺は先輩、お前は後輩。だから諦めろ」
「体育会系なんてそんなもんだよ、誠二」


にならって、笠井が追い討ちをかける。
誰もが3人を遠巻きに眺めるなか、三上はフェンスの向こうを見ていた。


「あ、」
「どうした三上」
「今あのチビが通った」
「チビ?」
「ウチを辞めたチビだよ。今は桜上水の9番」
「あぁ、風祭か?」


春の地区予選以来、風祭は武蔵森で特殊な存在になっている。
3軍の待遇を変えたのも風祭だし、桜上水に注目するようになったのもあの一戦からだ。

桜上水は今、リーグ制の地区予選を負けなしできているらしい。


「不破のこと迎えに来たんじゃないのかな、風祭」
「タク、風祭のこと知ってんのか?」
「同じクラスだったのに知らないわけないでしょう。向こうはちょっと萎縮してましたけど」


確かにだって2軍や3軍の部員たちと同じクラスだ。
互いに気兼ねなく話しているつもりだったから普段はあまり意識することもない。
しかし、同級生という繋がりだけでは消えない壁は存在しているのかもしれない。


「体育とかでサッカーするときいつも楽しそうにやってたから、本当にサッカー好きなんでしょうね」


自分の意思か否かはともかく、同じチームでサッカーをする仲間なのに。
どうして、実力の有無で差が生まれてしまうのだろう。
最近、そう思ってしまうことがある。


『だからってが遠慮するのは違うだろ?』


そう言って、はボールを蹴ってよこした。
寸分の違いもなく足元に、しかし威力も速さも的確に加減されていた。


『才能は伸ばすためにあるんだし、スポーツの世界で優劣がつくのはどうしようもないよ』
『本当に?』
『最終的には勝ち負けがすべてだからなぁ』


はボールを追うだけで精一杯なのに、従兄には微笑むだけの余裕がある。
かといって手を抜いているわけじゃない。
繊細なボールタッチと緻密なコントロール能力は、この頃から群を抜いていた。


『どんな試合でも手を抜くのはよくないぞ。全力で相手に立ち向かうことが、自分のためにも相手のためにもなるからな』
『でも、それじゃ一方的な試合になるだろ。負けてるほうは面白くないだろうし』
『ま、観てるほうも退屈かもしれないけど……スポーツってさ、無価値だとしても全力でやるだけの価値はあると思うんだ』


少し、パスが重くなる。
それは、の評価を改めた証。
の成長を認めると、従兄は少しずつ手加減をなくしていく。

今なら、全力で相手をしてくれるだろうか。



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スポーツでも芸術でも学問でも、何にだって天賦の才というものはある。
神童と呼ばれる早熟の天才や、大器晩成型の努力の秀才はいくらでも存在してきた。

努力ですべてが手に入るわけじゃない。
けれど努力しなければ、光を放つ才能だって鈍っていく。

人はやがて老い、いつかは死にゆく生きものだ。
だからこそ、刹那のときを全力で駆け抜ける。
明日の行方なんて、誰にもわからないのだから。


「っあ!」


鬼丸の焦った声が耳を掠める。
しかしそれを無視して左足を振り抜けば、ボールはゴールネットを揺らした。


「3−0。鬼丸、足元ゆるんでるぞ?」
さん容赦なさすぎですよ!全然ボール奪えねーし」
「誰が容赦なんてするか。小さい子じゃねーんだから」
「子どもには手加減するんですか?」
「当たり前だろ。成長途中の子どもを叩き潰す趣味はないよ」


何度も挫折を味わって、少しずつ強くなっていく。
それは、急かして得るべき強さじゃない。


「お前ドリブルは巧いけどチェックの練習もしろよ?うちは守備ありきのチームなんだから」
「はーい」
「こら、拗ねんな」


だが以前なら、ここで舌打ちの一つもしていただろう。
どうやらスランプからは抜け出せたようだ。

才能があるゆえのジレンマに悩んでいた鬼丸を救ったのは、決して天才とはいえない飛鳥だった。
体格にも環境にも恵まれなかったからこそ、今の飛鳥がある。
それを知っているのは、の他には数人くらいしかいないだろう。


「そーいやさん、U−19じゃ10番なんですよね?」
「なんで鬼丸が知ってんだよ」
さん有名ですもん。いきなり試合に出て3アシスト2ゴールなんて有り得ないっしょ」
「あれは、監督がとにかく俺にボールを回せってみんなに言ったから……」


見学だけの予定が、どうしてああなってしまったのだろうか。
飛鳥に連れられて向かったグラウンドでは、U−19代表だけでなく対戦相手と思しきチームもアップを始めていて。
鷹匠や他の代表メンバーも手厚く歓迎してくれたから、逃げ出すことができなかった。

試合が終わってみれば、背中に10と書かれたサムライブルーのユニフォームはのものになっていた。
飛鳥は全く知らなかったとシラを切っているが、鷹匠の場合は明らかにグルだったに違いない。
それだけ一緒にプレーすることを望んでくれていたのであれば、嬉しくないわけではないけれど。


「イトコ君のほうはどうなんスか?」
?どうって……ああ、夏の選手権なら武蔵森はシード。今はまだ出てこないはず」


武蔵森は地区予選を免除され、都大会本戦からの出場になっている。
今はまだリーグ戦での地区予選を終えたばかりのはずだ。
これから、本戦へ進むための地区トーナメントが始まる。


「連絡とか取ってるんですか?」
「メールでな。アポなしで突撃したのが効いたみたい」
「そりゃイトコ君もびっくりですよねー」


おかげで電話番号とメールアドレスをゲットできたわけだが、毎日何通もメールするわけではない。
話題もそうないし、どちらかというと近況報告に近いものがある。
それでも、とつながっているだけでいいと思えた。


もそうだけど、俺らも県大会始まるだろ。気ぃ抜くなよ」
「わかってますよ。だからさん、もう一回勝負!」
「しょうがないな……3本勝負でいいか?」
「もちろん!次こそ1本取りますからね」
「3本全部取りますくらい言えって!」


そうでないと、本気でぶつかる意味がない。

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